特別編0 夏目ver.
ーーーーお世話になる藤原夫妻のもとには、同い年の女の子がいた。
『よろしくね、貴志君』
藤原夫妻も、その女の子も優しくいい人たちだ。ただ、妖関係以外で少しの悩みが。
『貴志君、ご飯だよ』
「ああ、ありがとう。今行くよ」
ーーーー彼女のことは、どう呼べばいいのだろう。
今までの家でも同世代の女の子はいた。大体はさん付で通していたが、同い年や年下にはいつも困る。
「(結局呼ぶことはなく次の家に行くけど…)」
ーーーーここに居たいと、思ってもいいだろうか。
学校の帰り道。藤原夫妻と出会った頃を思い出し、遠くを見つめるように夏目は目を細めた。そして、ふと気づく。
「(あれって…)」
道の先に、名前を見つけた。上を見上げて何か話してる様子だが、木々が邪魔して相手までは見えない。
『〜〜〜〜!』
「(…なんだろ、もめてる…?)」
距離があるので内容まではよく分からないが、様子からして穏便なものではなさげだ。
ーーーーガサッ.
「!」
ーーーー妖!?
木々の隙間から伸びた手が名前の首を絞める。異常な長さの腕に人ではないとすぐさま夏目は察知すると、考えるよりも先に体を動かした。
ーーーーバンッ!
「こっち」
『!?』
カバンを腕の先の方を目掛けて投げつけ、怯んだ隙に名前の手を取り走り出す。
『あ』
「え」
ガクン、と不自然に傾いて止まる。慌てて振り向くと、顔面から転んだ様子の名前にぎょっとする。
「だ、大丈夫?」
『……さっきの、見た…?』
ーーーードクン.
転んだ体勢のまま顔を上げない名前の問いに、思わず顔が強張る。
ーーーーもしかしたら…まさか…けれど、彼女も…。
『あのね…貧血、で…そう、ちょっと、綺麗な鳥がいたから…見てたら、くらっと…して…』
ーーーーああ、きっと彼女もーーーー…。
震える声。ぐ、と握りしめる拳。それを見て、夏目は少し躊躇して小さな声で訊いた。
「君も…視えるのか?」
弾かれたように上げた名前の顔は驚きの表情で固まっていた。目尻に涙をためてぽかんとする表情に、不思議な安堵感を感じた夏目は爆笑した。
ーーーー話を聞くと、彼女も幼い頃から妖を視たらしい。
『私の祖母もね、妖を視たらしくて』
「え…なら、おれも同じだ。おれの祖母も、妖を視てたみたいで…」
『え!…ふふ、なんかすごいね』
クスクスと笑う名前の表情を見て、自然と夏目も笑う。
『私、自分以外で妖を視る人って初めてなんだ』
「おれも君が初めてだよ」
不思議そうに目を瞬かせる名前に何かと夏目は怪訝そうにする。
『…もしかして、名前知らない?忘れたとか?』
「え?」
『私の名前…ずっと、呼ばないから…ーーーーあ!もしかして、特に意味はなかった…?』
はっとして、気まずそうに目をそらす名前は恥ずかしそうに目元を赤くさせている。
「ーーーーいや…その…ごめん、忘れてたわけじゃないんだ」
なんだか申し訳なく、言いにくいが誤解されたままなのも嫌なので夏目は正直に話すことに。
「ただ、どう呼べばいいか分からなくて…」
目を軽く丸くさせた名前が、ふっと安心したようにはにかむ。
『名前でいいよ。私も、貴志君のこと名前で呼んでるし』
「ーーーーそっか。じゃあ…名前」
『なに?』
「これから、よろしく」
『ーーーーこちらこそ』
握手を交わし、なんとなく我に返り結構恥ずかしいものだと互いに笑いあった。
ーーーー翌日。
「名前、ノート見せてくれないか?」
『うん…あ、貴志君、先生が呼んでたよ。放課後に来いって』
「…なにかしたかな」
目を瞬かせるクラスメイト達の視線の先には、仲良さそうに話す夏目と名前。昨日まで無関係のように別行動していた二人の変化に気になってしまう。
「夏目、苗字、お前ら突然仲良しになったな」
『辻君』
クラス委員長の辻が笑いかけながら話に加わる。
「夏目なんか名前で呼んでるし。羨ましいぞ」
「なら呼べばいいじゃないか」
「ばか!そんな簡単な話ではないんだ」
「そ、そうか…」
憤慨する辻に夏目はよくわからないが納得できたことにする。
「まあ…仲良きことは美しきかな。ちょっと心配してたけど、今日見て安心したよ。なんかあったのか?」
きょとんと疑問符を浮かべながら尋ねた辻に、夏目と名前は顔を見合わせる。
『貴志君がカバンをなくした』
「名前が転んだ」
「…なにがあったんだ?」
ーーーーいつか、話せる日が来るだろうか。
ますます疑問符を浮かべる辻に二人は笑って誤魔化した。
END.
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