とある一時に


綺麗なオッドアイが藍色の長い前髪の下から星屑を塗したように輝きを放つ

手にはしっかりとベルフェゴールのナイフが握られていて



「ベル、まえがみきりましょうよ」

「………は?」

「かおがみえません」



きっぱりと、それはもう理不尽なくらい当たり前といえば当たり前だが意見を無視して宣った骸がベルフェゴールの前髪に手を伸ばす

骸を落とさないように、けれど確かな本気をオッドアイに見て取ったのか

慌てて小さな手を避けたベルフェゴールの視界にはめちゃくちゃいい顔をした生意気な後輩が肩を震わせながら立っていた



「(あんのクソガエル………!!)」



間違いなくあいつが元凶だ

膝の上で身じろぐ骸を何とか傷付けないように押さえながらベルフェゴールがフランを睨めば鼻で笑われた

カチンと来て素早く投げたナイフもあっさり交わされる

それに気付いた骸が呆れたようにベルフェゴールを見上げて肩を竦めた



「すぐにてをあげちゃだめです、ベル」

「そーですよ、センパイ」

「てんめ、一回死ん死んでこい!」

「だからだめです、ベル」



馬鹿にした響きで笑ったフランに振り上げたベルフェゴールの腕は、しかし骸がしがみついてナイフを投げられない

フランはフランで動けないベルフェゴールに向けたものとは全く違う笑顔で「いい子ですねー」と骸を褒めていた

一時期に比べれば大分笑うようになったとベルフェゴールは諦めて手を下ろす

そして数年振りに演技じみた笑顔を貼り付けなくなった

だからどうと言った理由はないが、やっぱガキじゃねーかよとは思う

同時に子供が増えたとも

今もそうだとベルフェゴールはからかう気も失せながら二人を見る

目線を合わせるようにしゃがんだフランとその頭(正確にはカエル)を撫でる骸という一種奇妙な光景

年齢的には逆なはずだが違和感はない

骸も骸で嬉しそうに笑うフランを年上とはあまり思っていないのだろう

舌足らずに窘める口調も何処となく前世に似ていて



「フランもです。ナイフいたくないんですか?」

「痛いですよー。ベルセンパイって手加減しませんから」

「………どの口がそれ言ってんだ?」



少なくもナイフが背中や頭に刺さりながら平然と暴れ回る奴の台詞ではないだろう

その体自体が幻影ではないのかと疑うくらいノーダメージで腹が立つベルフェゴールには厭味にしか聞こえない

口元を引き攣らせながら尋ねればエメラルドグリーンが首を傾げ



「えー、この口ですよ。ベルセンパイって馬鹿ですねー」

「っ、だからフラン………」



困ったようにフランを省みる骸の手からさりげなくナイフを奪い返したベルフェゴールは生意気な後輩に唇を持ち上げるとこれみよがしに小さな体を抱きしめた

内心は当て嵌められた天候の如く荒れ狂っているが、ここで暴れようと立ち上がれば間違いなく骸が怪我をする

が、そんな葛藤を知らないフランは目を険呑に尖らせるとベルフェゴールを鋭く睨む

「死ね堕王子」と聞こえたのは気のせいではないだろう

我慢我慢オレ王子だしと自分自身に言い聞かせながらベルフェゴールは骸の頭に顎を乗っけてフランを見下ろす

苦しそうな声はこの際無視だ

気にしていたら話が進まない



「骸困らせてんじゃねーよカエル」

「おおっ、センパイが一つ大人になりましたー。っつーかてめぇが困らせてんだろ」

「おおっ、じゃねーだろ。しかもそういうのは聞こえないように言えよ」

「聞こえるように言ってるんですー」

「どうでもいいけど………」



ぱたんと音がして扉一枚挟んだ向こう側で本を読んでいたマーモンがやって来るとベルフェゴールとフランに視線を向ける

助けてくれと言わんばかりの骸を少し哀れみながら近寄るとマーモンはため息を吐いた



「ベルの前髪はどうしたの?」

『あ』

「全く………骸は骸で着々と君達の悪影響を受けて来たし」



どんがらがっしゃーんと屋敷の何処かで音が響いた

びっくりしたらしい骸をベルフェゴールとフランが宥めるのを見ながらマーモンは踵を返す

………う゛ぉぉぉいと声が聞こえたことを考えるとスクアーロがザンザスに八つ当たりされたのだろう



「(止めにいかないと骸が首を突っ込んで巻き込まれるだろうし………)」



そうしたら暴れる者が増えるのは必須だ

マーモンは再びため息を吐くとこめかみを揉んだ

絶対に給料を三倍にしてもらわなければと心に刻んで




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