07
風の轍の運ぶ声
闘う理由は不毛を超えて
かつて次元の魔女の元に金色の煌めきと榛の優しさが降り注いだことがあった
穏やかな木漏れ日にも似た包み込む雰囲気を身に纏った、誰かのために闘うと決めていた強すぎる力とは裏腹に甘すぎた人
ーーーあなたが次元の魔女か
‘彼’は次元の魔女を見付けると淡々とした面持ちを綻ばせ、静かな声で一つの宿命と可能性の運命を囁いた
ーーーいつか私の後継者が此処を訪れるだろう。そして後継者の守護者達もあなた方の業に誘われて訪れる。旅路を安全にしてくれとは頼まない。対価を取るなとも言うまい。ただ、忘れるな。次元の魔女よ。私達の後継者達は他の者達とは違い宿命ではなく運命を背負う………
そよ風が吹き抜けるように現れて、去って行ってしまった刹那の時間
次元の魔女の言葉すら奪った‘彼’は予言めいた言葉を残し、退屈を弄ぶ彼女にとって失って久しい‘先の分からない謎’を与えた
現に次元の魔女には沢田綱吉という少年がやって来ることを予知出来なかった
ススキ色の少年が‘彼’の言った後継者だと理解できたのは下げられた指輪を認めた時
ーーーあなたの名前は
緊張に揺れた声に‘彼’は黒のマントを翻すと額と拳に炎を燈し、次元の魔女に軽く例をした
瞳に瞬いた輝きの名前の色は何だったのか
ーーー私はボンゴレプリーモ。ジョットと呼ぶ奴もいる
そして蘇るもう一つの光景
ーーーおや……珍しいお客様ですね
次元の魔女と彼らが出逢ったのは必然の中の必然であったのだろう
全ては‘今’に繋がる誘導の一つ
音が止むとともに現れた数人の客の戸惑った視線にこつりと靴音を立てて近寄ると魔女は腕を組んで見定める
彼らが旅路に同行するのに値する人物なのかを
「あなた達が守護者ね」
「っ!?ツナをーーー」
「知ってるわ」
ついさっきまでいたわよと意地悪く魔女が笑えば守護者達の目つきが変わる
豹変、という表現が正しい
異様な雰囲気に圧倒された四月一日が呼吸も忘れて立ち尽くした
硬質な刃を研ぎ澄まし、鏡の如く透明に磨きあげたならばーーー否、そんな生半可なものではない
あくまで沢田綱吉個人を守る無二の守護者ならではの悪意も敵意もない漲る闘志に次元の魔女は音なく唇を動かした
あなたの後継者達は素晴らしいわよと、届かない日だまりに言葉を贈る
‘大空’の使命をあの子供は果たし、守護者達は他でもない彼自身に惹かれて集う
最も
「へぇ、君がうちの生徒をね。並盛に対する宣戦布告と判断していいのかな」
「落ち着けって。ツナの居場所まだわかんねーし」
「沢田は関係ないよ。それに居場所なら咬み殺した後に聞けばいい」
………約一名、心境は違うようだったが
風紀委員と刺繍された腕章をはめた学ランを肩にかけた雲雀を山本がいつもの笑顔を浮かべて宥める横で伏し目がちに発言を聞いていたクロームが次元の魔女に一歩踏み出す
顔立ちも漂う雰囲気も違うのに次元の魔女が面影を感じたのは髪型があったからかもしれない
クロームの様子に気がついた二人が声を止ませれば少女の消え入りそうな声が大気を打つ
「あなたが………骸様の言ってた、次元の魔女?」
「そうとも呼ばれているわ」
「嵐の人達はどこ……?」
「時が満ちるまでは別行動ね」
「ボスは………」
「一足先に進んでいるわ」
クロームの核心をつくようでその実距離を計るように触れない質問に澱みのない答えが返る
太陽に雲が差し掛かったのか、日差しが和らいで地上に陰りを落とした
雲雀が鼻を鳴らしてトンファーを構えると微量の殺気が流れ出る
「どうでもいいよ、そんな話は。あなたを咬み殺すことが先決だ」
例えるならば血に飢えた猛禽の獣、誇り高すぎて手の付けられない獰猛な猛獣
隙のない構えに雲雀の本気を見てとったクロームと山本がそれぞれの武器を手に取ると警戒体勢に入る
伝う冷や汗は、強い者を相手にする緊張
「ちょ………ヤバいですよ侑子さん」
武術全般ド素人の四月一日にすら分かる優劣は二人組に色濃い心配を浮かべている
呼び掛けられた次元の魔女は浅く息を吐き出すと両手を翳した
応えるように渦巻いたのは途方もない魔力
「もう少しあなた達を見極めたかったけれど旅路に必要なものは全て揃っているわ。‘大空’と同様であなた達からも対価はもらえない」
「は?いやー、あの」
「……………」
「なにする気?」
ポリポリと頬を掻く山本と言葉もなく目を閉じるクロームと、二人の隙を見逃さず次元の魔女への攻撃に移る雲雀
銀色の冷たく無骨な凶刃が届く寸前、術を完成させた次元の魔女は半歩分だけ身を引くと光に包み込まれて旅立つ三人に背を向けた
「あなた達が何を守るのか。それでまた、未来は変わる」
世界とは、それを知る者の前では一つではない
数多の掛橋を夜空に映し出して眺めてきた次元の魔女は店に入ると堂々と壁にもたれ掛かっていた人物に立ち止まる
………そうだった、これも不確定要素の一つ
あなたとは長い付き合いになりそうですと予言をした食えない笑顔の少年に後からついて入った四月一日が後ずさる
次元の魔女は右手を上げると現実世界では初めて会う彼に差し出した
「久しぶりね、骸」
「お久しぶりです、次元の魔女。お元気そうで何よりだ」
歯車は廻る、地球が廻るように誰からの制止も受け付けないで
つなぎ止める鎖はたった今この瞬間に、ばらばらに砕け値ってしまったのだ
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