05





 全てを貫く矛と全てを防ぐ盾
  それよりも大事なものは胸の中に




優しくなった雨が次元の魔女以外の肩を濡らし、さあさあと服を髪を濡らす

決意の言葉を守るように小狼達をそよ風が包み込んだ



「……異界を旅するということは想像以上に辛いことよ」



次元の魔女の忠告めいた言葉に綱吉はそっと目を閉ざすとしみじみ頷いた

異界でも異世界でもなかったけれど未来に行った彼だから分かる

知っているはずの世界でも時が流れるだけで全く別の顔を見せ、綱吉達に多大なる衝撃を与えてくれた

想像もしていなかった現実に放り出された時の混乱と恐怖

それにと綱吉が目を開ければ、その動きを待っていたように次元の魔女がピンポイントで考えていたことを小狼に言う



「様々な世界があるわ。例えばそこの三人がいた世界」



綱吉からすれば小狼と黒鋼と、未だ名前の分からない白い人



「服装を見ただけでも分かるでしょう。どこもあなたがいた世界とは違う」



今見ている光景も、今いる場所も同じなのに本来ならば会うことも叶わなかった存在

小狼が三人を見れば黒鋼以外の二人は種類こそ違えど笑顔を浮かべる

大丈夫、と言うように



「知っている人、前の世界で会った人が別の世界では全く違った人生を送っている。同じ姿をした人に色んな世界で何度も会う場合もあるわ。前に優しくしてくれたからといって今度も味方とは限らない」



続けられた次元の魔女の説明に綱吉はまるでパラレルワールドのようだと、つい最近まで戦っていた未来の出来事を思い出す

同じ人物が暮らす世界でも世が世なら医療が発達し、科学が発達し、空想と笑われたものが発見され、有り得ないと思われている全てが実現しているかもしれない

逆に世が世なら天下を取っている人間が不幸な巡り会わせで名も上らずに消えていく

綱吉達を未来でバックアップしてくれていた入江正一も、全世界の覇者となることを望んだ白蘭も最初は普通の大学生で不良となっていたこともあると言っていた

世界はほんの瑣末なことで未来が変わる

異世界なら尚更だと綱吉は側に在る小狼の肩を励ますように叩いた



「言葉や常識が全く通じない世界もある。科学力や生活水準、法律も世界ごとに違う。中には犯罪者だらけの世界や嘘ばかりの世界や戦の真っ最中という世界もある」



その中で生きて旅を続けるのよ、と魔女が言う

何処にあるのか、何時すべて集まるのか分からない記憶のカケラを探す旅を

夜空を秘めた眼差しは綱吉にも心構えはあるのかと問い掛けていた

だから綱吉は黙って頷く



「(オレに何が出来るかなんて分からないけど、小狼君のために来たことだけは分かってる)」



綱吉は記憶のカケラがどんなものなのかは知らないが、やるべきことははっきりとしている

ならば話は簡単だ、ダメツナでも分かる

綱吉の手も体も心もこれからを考えて恐さから震えが沸き上がり、遠く吹く風の音にすらびくつく弱い自分自身を感じている

でも、一緒にいかなければと思うから



「でも、決心は揺るがない………のね」

「………はい」



小狼の傍らにしゃがみ込んだ綱吉も頷き、静かな決意を募らせる二人に次元の魔女は今までで一番柔らかな表情をするとモコナを差し出す



「覚悟と誠意。何かをやり遂げるために必要なものがあなたにはちゃんと備わっているようね。
ーーーそして、‘大空’の彼がいる」

「っ、あ、あの、さっきから思ってたんですけどなんでオレが候補とか大空とか知ってーーー」



継ぐだとか、大空だとか

異世界の住人が知るはずもないことに綱吉が立ち上がって尋ねれば次元の魔女は過去を追うように瞳を細めた

懐かしい、もう二度と会えない幻影を辿っているのか、ただ単に長らく会わなくなって久しいのか、視線は何処とも定まらない



「知り合いがいるから」

「知り、合い………?」

「そう、知り合い。あなたも良く知っているわ」

「オレもーっ!?」



記憶している限り未来以外の世界には行ったことがないのだが

意表をつかれて裏返った声に次元の魔女はくすりと笑い声を落としてからモコナに視線を移す

そして



「では」



魔女の言葉とともに重力を無視してモコナが浮かび上がった

そのまま可愛らしい音とともに物凄く大きくて立派な、綺麗な翼が生えて

………生えて?



「なんで浮いてるのーっ!?っていうか翼どっから生えたわけーっ!?」

「行きなさい」



綱吉の絶叫と被さって次元の魔女が命令の合図を送る

動揺しているのは綱吉だけらしく、他の三人は至って落ち着きながら白い光に囲まれ出した

当然ぱっかりと開けられた口に反応を示したのも綱吉だけで



「まさかそっから行くのーっ!?」



至極最もなツッコミとともにモコナの口に吸い込まれるのを見送っていた学生服の少年ーーー四月一日は両手が塞がっているために心の中で合掌する

唯一自分に近い常識を持ち合わせた彼が色々と迷惑をかけられませんように、悪い不良やマフィアみたいなのに絡まれませんように

四月一日はその綱吉こそがマフィアの直系でありボス候補だとはまだ知らない

四人を旅に送り出した次元の魔女ーーー侑子は止んだ雨に晴れ渡った空を見上げると祈りを乗せる



「………どうか彼らの旅路に幸多からんことを」



困難な道のりにしかならないことを知っていても、彼らの旅が始まる原因が魔女にあるのだとしても、祈ることは許されるはずだから




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