04




 死なせないと言った
  傷だらけの心が優しくて




関係、性……?

綱吉は次元の魔女が何を言っているのか理解出来ずに脳内で言い渡された対価を反復する

理解したくないと叫ぶ無意識の悟りを押し殺しながら関係性という単語に胸元を掴んだ

綱吉の唇から喘ぐような吐息が微かに響き、次元の魔女は静かに静かに夜空の瞳を小狼に注ぐ



「あなたにとって一番大切なものはその子との関係。だからそれをもらうわ」

「それってどういう……?」



理解が追い付いていないのは小狼も同じらしく、困惑した声が次元の魔女を仰いで聞き返す

眠る少女を抱く腕が強張ったようにススキの瞳には映った



(あの子との関係が、小狼君にとって一番大切なもの)



一重に関係と言ってもたくさんあるけれども、次元の魔女の求める対価は至ってシンプルなものなのだろう

要するに、全て

クリアに弾き出された答えに目を瞬いた綱吉は顔を歪め、次元の魔女と小狼を見遣る

二人いた時点で対価は決まっていたのかもしれない

得た絆を差し出せなんて、綱吉には嫌な予感が当たったとしか思えなかった

もしもファミリーとの絆を対価に差し出せと言われたら………落ちこぼれだった綱吉に初めて出来た仲間との絆を差し出せと言われたら、平静ではいられない



「(みんなのためなら何だって出来るし……したい、けど。差し出した後、オレはきっと何回も泣いて、泣いて、泣き叫ぶ)」



必要な選択だと言われても割り切れるわけがなくて

躊躇いなく選んで後悔はなくても心は傷をこしらえて

うなだれる綱吉の目の前で追い撃ちをかけるように次元の魔女は信じられない言葉を重ねた



「もしその子の記憶がすべて戻ってもあなたとその子はもう同じ関係には戻れない」


………戻れない?



「待って……待って、ください。戻れないって……どういうことですか?」



今まで顔色を何度も変えても決して口を挟まなかった綱吉の動揺した声に黒鋼と魔術師の目が向けられる

覇気も、素肌で感じ取れる強さもない何処にでもいそうな少年の首からかけられた指輪が雨に濡れて奇妙な光を放った

苦しげに寄せられた眉が綱吉の心情をありありと物語り、その顔を見た小狼は「どうして、」と声なく呟きながら瞼を震わせた


どうしてあなたが悲しい顔をするんですか

どうしてあなたが苦しそうにするんですか

今初めて出会ったのに、どうして


ふらりと何かに導かれるように数歩進んだ綱吉は、そのまましっかりとした足取りに変わると三人の横に並ぶ



「戻れないって……だって、対価を求めてるのにその言い方はおかしいよ」

「対価を差し出すことで旅をするのに戻る戻れないを話したから?」

「………、はい」

「その答えをあなたは知っているわ。気付いていないだけで」



そうなのー?と柔和な顔立ちをした魔術師の気の抜ける、何処か未来ヴァリアーにいたカエル少年を思い出させる発言に綱吉は躊躇い、小さく顎を引いた



「カン、だけど………」

「すごいねー」



へにゃりと笑って綱吉を褒めた青年にすごくなんかないと首を振る

対価を手渡す三人を見ることしか綱吉には出来ないのだ、仕方ないことでも悔しさは募って溶けることがない小狼が望む少女の目覚めの瞬間を黙って待つしか出来ない

音にすることを許されない未来に綱吉が目を閉じれば「いい子ね」と次元の魔女の穏やかな声が耳朶をくすぐった



「あなたがその指輪を継いでくれてよかったわ」

「継いでないんですけ……ど、」

「……そう」



悲しいかな、慌てて顔を向けた綱吉は条件反射でいつもの調子でツッコミかけ、いやでも状況が状況だしと声の勢いを失う

次元の魔女は「そうだったわね」と全てを見通しているように相槌を打つと飛び交う会話を聞いていた小狼に注意を促す

つられるように小狼を見下ろした綱吉は真っ直ぐな力強い瞳に力なく微笑むと側にしゃがみ込み、はじめまして。と場にそぐわない挨拶を少年少女に言った

敵意のない、ひたすらに甘さも感じる優しい声音に小狼が口を半開きにすれば、次元の魔女が感情の混じらない表情で出かけたであろう言ノ葉を遮る



「その子はあなたにとってなに?」



綱吉達第三者から見ても小狼が少女を大切に大切に想っているのは聞くまでもなく明らかだった

傾いだ体は、上半身を倒した体勢は少女を少しでも雨から守るためのもの

いたましげに、興味なさそうに、真摯な表情で回答を待つ旅の同行者達に小狼は腕の中にある少女の寝顔を見詰めると噛み締めるように途切れ途切れの想いを繋ぐ



「幼なじみで……今いる国のお姫様で……俺の……」



間を開けたのは引き攣れた呼吸を直すためか、それとも数分前まで続いていた戻らぬ過去に焦がれてか

想像を裏切らない小狼に綱吉が瞳に痛みを宿し、そっぽを向いていた黒鋼が向き直ると魔術師の笑顔も凪いだ

旅を望むメンバーの中で一番過酷な道を歩くしかない少年は少女の冷たい体を抱え、封じようとしていた本音を悲鳴のように吐き出す



「ーーー俺の大切な人です」

「………そう」



ぎゅっ、と

幼い子供がそうするように少女を抱きしめていた小狼に次元の魔女がモコナを抱き直す



「けれどモコナを受け取るならその関係はなくなるわ。その子の記憶をすべて取り戻せたとしても、その子の中にあるあなたに関する過去の記憶だけは決して戻らない」

「(小狼君の記憶だけーーー)」

「それがあなたの対価。……それでも?」



取り戻しても不自然にしか戻らない、自分との思い出だけは思い出さないという条件でも旅に望むのかと

一人思い出を抱えるしかない道を選べるのかと問う次元の魔女に、小狼は綱吉が息を呑むくらい激しくも拡散することのない一つの決意を漲らせ、言い切った



「………行きます」

「小狼君……」

「さくらは絶対、死なせない!」



その姿はみんなを守りたいと思い、強くなると決めた綱吉と似ていて



『さくらを助けてください!』



綱吉が夢に聞いたのはやはり小狼だったのだと、前だけを見据える肩を励ますように叩いたのだった





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