02





 譲れない願いがあった
  けれど自分ではかなえられない




どれくらい見詰め合っていたのか

時が止まったように、雨音だけが痛々しい音色を奏でていた

次元の魔女は綱吉から目をそらすと三人へと言葉をかける



「ここがどこだか知ってる?」

「えー、相応の対価を払えば願いをかなえてくれる所だと」

「その通りよ」



………え、まさかのオレ放置?あと願いをかなえてくれるって何の話?

ポカンと口を開けて固まった綱吉の存在など知らず、次元の魔女は夢みたいな内容を肯定すると一度だけ綱吉に意識を向けてから「さて」と表情を改めた

説明をする気はないらしい



「あなた達がここに来たということは何か願いがあるということ」



願いをかなえる店には願いのない者は入れない

そんな言葉が脳裏に浮かび上がり、綱吉が目を瞬くと少年が顔を伏せて少女を抱きしめた

そんなにかなわない願いなのだろうか

だったら残る二人はと真っ白と真っ黒という対極の服を身に纏った男性を見遣るとほとんど同時に答えが返る



「元いた所にだけは帰りたくありません」

「元いた所へ今すぐ帰せ」



だったらこの黒い人何で来たのーっ!?

意味が分からないと綱吉が信じられない顔をして黒い人を見れば白い人をぎろっと睨んでいた

いえ、そっちの人の願いの方がわかるんですけど

そう思うも声には出せず心の中で突っ込んでいれば深々としたため息が聞こえて



「それはまた難題ね、ふたりとも。いいえ……」



三人ともかしら?と女性が思慮深く呟く

綱吉は最初からカウントされていないらしい



「(っていうか、三人ともってことはあの子も………?)」



時空に、世界に関係した願いなのだろうか

超直感が告げるままに次元の魔女に彼らとともに発言をしてしまった綱吉としては非常に気になるところだったが、何かを尋ねる前に女性がけれどと三人を見回す



「その願い、あなた達が持つもっとも価値あるものでも払いきれるものではないわ。ーーーけれど三人一緒に払うならぎりぎりって所かしら」

「!?」



弾かれたように俯けていた顔を上げた少年とは逆に‘ぎりぎり’の単語に綱吉は不安を覚える

それ以外方法はないのだと右で叫ぶ超直感と、その方法はとても悲しいものだと左で叫ぶ超直感がせめぎあう

特に綱吉が夢で聞いたと思われる少年には選ばせたくないと訴えてくる、声



「なにいってんだてめー?」

「ちょい静かに頼むよぉ、そこの黒いの」

「黒いのじゃねー!黒鋼だっつの!!」



………この二人、本当に何しに来たんだろう

緊張感も何もない会話には流石の綱吉も呆気に取られてシリアス思考を打ち切る

最強な家庭教師が来てから散々色々な状況に放り出されてきたが、ここまで呑気なのも珍しい



「あなた達三人の願いは同じなのよ」



漫才にも似たやり取りに心は動かされなかったらしい次元の魔女が綱吉に説明をするように少年と少女に指を指す



「その子の飛び散った記憶を集めるために色んな世界に行きたい」



次いで黒い人へ



「この異世界から元の世界に行きたい」



そして笑顔を消した白い人へ



「元の世界へ戻りたくないから他の世界に行きたい」



どれもバラバラな気がするんですけど

思わず口にしそうになった綱吉は、けれど引っ掛かる言葉を思い出して眉を寄せる




「………飛び散った記憶?」



記憶喪失ではなく飛び散った?

どういう意味なのだろうと少年を見ても頑なな表情が窺えるだけで望む答えは返らない

綱吉の疑問に次元の魔女はついと目を伏せて、それでも答えることなく話を再開する



「目的は違うけど手段は一緒。ようは違う次元、異世界に行きたいの」



‘色んな世界’も‘元の世界’も‘他の世界’も‘この世界’とは違う

だから同じ願いなのかと納得した綱吉は、ある事実にはたと思い当たり絶叫した



「って、もしかしてみんな異世界人でオレ別世界にいるのーっ!?」



何を今更、という顔をされた

よく見れば全員共通点のない服を着ている



「気づいていなかったのね」

「あはは………」



呆れたような次元の魔女の声音に綱吉は笑うしかなかった

やっぱオレってどこまでもダメツナだ

出来れば赤くなった顔を霧雨が隠してくれていますようにと祈るが体を優しくぐっしょりと濡らすような雨だ、効果は望めない



「ひとりずつではその願い、かなえることはできないけれど……三人一緒に行くのならひとつの願いに三人分の対価ってことでOKしてもいいわ」



最も、と気を取り直して話し出していた次元の魔女が綱吉に笑いかける



「あなたの願いも三人と一緒だけれど払う必要はないわ」

「「は?」」

「「え………」」

「あなたがここにいるのは巡り合わせ。対価をもらうわけにはいかないわ」



それではもらいすぎることになってしまうから、と何も差し出すなという宣言に綱吉は言葉をなくす

星空を写し取ったような瞳には、静かで覆らない炎が燃えていた




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