01






 守って見せると誰かが言った
  その言葉が焼き付いて離れない





大地を穿つ雨が淋しげな音を立てて降り注ぎ、廃れた空気の中に悲しみを押し流す

視界の晴れない霧雨の下、一人の少年が少女を抱え、強い意志の宿る眼差しを黒衣を着た女性に向けていた



「この子の名はさくらと言うのね」

「はい」

「………あなたは?」

「小狼です」



すっと、名を問い掛けていた女性の手がさくらと呼ばれた少女の上に翳される

少しだけ悲しげに目を眇めた女性の眼差しにあったのは老獪な、先を知る者のそれ



「この子は大切なものをなくしたのね」

「………はい」

「そして……それは色んな世界に飛び散ってしまった」



ただ、それは事実だった

変えようのない起きてしまった過去によって少女は深い眠りについている



「このままではこの子は死ぬわ」



また、これも事実

女性から告げられる予期していただろう答えに小狼と名乗った少年は強く唇を噛み締めてさくらを抱く腕に力を込めた

壊れないように、けれど失わないように



「四月一日」

「は、はいっ!」

「宝物庫に行って来て。取って来て欲しいものがあるの」



女性の声に呆然と突っ立っていた学生服の少年が小さな少女二人に引っ張られて駆け出す

その声にすら反応を示さずにさくらをじっと見詰めている小狼に女性は目を向けると厳かに尋ねた



「その子を助けたい?」

「はい!」

「対価がいるわ。それでも?」

「おれにできることなら!」



さくらが再び微笑むというのなら出来ることは何だってしてみせる

一点の曇りも迷いもない返答に女性は空を仰ぎ、うっすらと微笑むと視線を戻す



「………来たわね」



何が、と問う前に金属を引っ掻いた音にも似た不協和音とともに小狼の両側に渦が出来る

二つとも成人した大人の背丈と変わらず、また中から現れた姿も予想を裏切ることはなかった

一人は極寒の地を思わせる真っ白でふわふわのコートから、もう一人は忍者の出で立ちをして不機嫌そうに声を出す



「あなたが次元の魔女ですかー?」

「てめぇ誰だ?」



笑顔と威嚇と

始めて自分以外の存在に気が付いたように二人の視線が絡まり合い、やがて興味をなくしたようにそらされる

そんな二人に女性は、先に名乗りなさいと手を差し出して促した

忍者の装束を纏った男が不愉快そうに立ち上がりながら周りを見渡し、目に入った建物を睨む



「俺ぁ黒鋼。つか、ここどこだよ」

「日本よ」

「ああ?」



至極あっさりとした答えに黒鋼と名乗った男が怪訝な顔をして建物から視線をおろす



「俺がいた国も日本だぜ」

「それとは違う日本」

「わけわかんねぇぞ」



さっぱりだ!と不敵な男の発言にも女性は何処となく妖しげな笑みを閃かせるだけでそれ以上何かを答えることも尋ねることもしなかった

そのまま滑らされた先にニコニコと微笑む青年を捉え、あなたはと向き直る

名を問われた真っ白のコートに身を包んだ青年は長い杖を右手に、何処かの王に謁見でもするように軽く片足を引いて腰を折った



「セレス国の魔術師、ファイ・D・フローライトですーーー」



丁寧にも金髪から覗く薄い色の瞳でも女性に礼をしてから上半身を起こす

黙って一連の動作を見届けた女性ーーー次元の魔女はふっと遥か後方へ視線を送ると………少しだけ、本当に少しだけ困ったように眉を寄せた



「………非常事態ね」



次元の魔女の呟きは三人には届かない

しかし届く届かないに関わらず、黒鋼とファイが来た時にも鳴り響いた甲高い音が辺りに響き渡り、程なくして収束した

何事かと振り返った三対の瞳と魔女の視線の先に現れたのは、まだ少年と呼ぶに相応しい年頃の男の子が一人

いってー………とススキ色の髪を押さえながら何処にでもあるパーカーを羽織った少年は立ち上がり、黙り込む四人に顔を向けーーーあんぐりと口を開けたかと思うと叫んだ



「どうなってんのーっ!?」



それは多分、三人と次元の魔女の方が聞きたいことだろう

如何にも気弱そうな叫びを上げて頭を抱えた少年の胸元で二つの指輪がキラリと輝いた

ここ何処ーっ!?なんでオレ私服ーっ!?と一人で大混乱を賑やかに騒がせる少年が持ちそうにもない、高そうなそれ

一目で性質と何であるのかを見抜いた次元の魔女は数秒黙考すると少年を見、一歩だけ近寄った



「あなたの名前は?」

「え………お、オレ?オレは、」



少年のうろたえたように泳ぐススキ色の眼差しが虚空をさ迷い、未だ混乱を宿したまま全員を見詰めーーーさくらを抱えた小狼の上で止まった

緩やかに合った視線に、少年の血がとくりとざわめく

君は。と動きかけた唇は少年の持つ鋭い直感に揺り動かされ、混乱しか浮かべていなかった顔に微笑を刻んだ



「オレ、は………沢田綱吉」



此処に来る前、少年沢田綱吉は夢を見ていた

悲痛な叫び声と、悲しいほど凜とした決意の言葉

きっとその声はこの少年のものなのだと胸元の指輪を握り、超直感が騒ぐまま、震えないように女性へと声を張り上げる



「次元の魔女さん、オレを彼らとともに」





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