09






 名を交わし、名を知る
  命を預ける信頼の行為



静かな水面に一つ、雫が落ちて波紋が広がるように暗闇から解放されていく

ゆるりとたゆたっていた狭間の眠りから目覚めた綱吉は上半身を起こして辺りを何気なく見回した

木造の天井には古い形の電気が点り、見た感じではどこかの民家か下宿先にありそうな部屋をしている

畳の上に敷かれた敷布団に誰かが寝かせてくれたのだろう、綱吉の被っていた掛け布団からは優しい洗剤の香りがした

首にかけてあった指輪もちゃんと胸元で輝いていて安心する

そこまで考えた綱吉は額に手を当てた

なぜだろう、誰とも闘っていないのに降り積もるこの疲労感は



「(………疲れた)」



原因は起きてからも一向に色褪せる様子のない夢だろう

特に何にと問われたら一番始めに誰が来るかを知ったからだが、それにしてもクローム達は大丈夫なのだろうかという心配は拭えない

元よりクロームの力は借り物のスキルだ

無茶をしていなければいいのだが、何事につけてもひたむきで一生懸命な彼女にはあまり期待できない

山本がいるので綱吉も過度の心配をするつもりはなかったが、あの野球が大好きな親友も思い詰めたら何を仕出かすかわからない一面がある

因みに雲雀の心配はちっともしていない

むしろ綱吉は雲雀によってもたらされるだろう被害者達が気掛かりだった

早く見付けなければ、出会わなければ町一つ簡単に潰しかねない



「ヒバリさんだしなぁ………」



夢に見た惨劇を生み出すことは想像に難くない

たら………と冷や汗を浮かべた綱吉は敷布団から抜け出すと三段折りにしてから部屋の隅へ移動させる

窓から見える空は俄然暗くて真夜中だったが眠れそうにもない

寝かせてくれたお礼も言わないとと扉を開けてひんやりとした廊下に踏み出す

誰か起きてたらいいなぁと綱吉は周りにいなかったことから一緒に飛ばされた人達を思い浮かべていれば「あ」と耳に留まる声



「起きたんですか?」

「わー、起きたみたいだねぇ」

「ちっ」



ってなんか舌打ちされたーっ!?

見た目に違わず態度はやはり悪いらしく歓迎的な二人に比べ厳めしい顔をされた

オレなんかしたっけ、と悩んでいればしゅたっと飛び付いて肩にかかる少しの重み

………しゅたっ?



「モコナはモコナ!」

「って喋ってるーっ!?」



短い手を敬礼させるモコナに綱吉が腰を抜かして尻餅をつけば「大丈夫ですか!?」と小狼が駆け寄ってくる

あははーと笑う金髪や目付きの悪い男とは物凄く違う

この人やっぱりいい人だ……!!と綱吉は感動しながら頷くと立ち上がり、モコナを撫でてから深呼吸

要するにモコナとはぬいぐるみや単なる道具ではなく、意志を持った時渡りを行える未確認生命体と考えた方がいいのだろう

匣兵器のナッツ達と同じ枠組みならば多少の不可思議は可笑しくない

というか深く考えたらこれ以上に疲れる



「だいじょうぶー?」



ふと影がさして見上げればキラキラと輝く金髪と優しげな蒼の瞳

のんびりとした笑顔に思わず似たような笑顔が綱吉の顔にも浮かぶ



「あ、大丈夫です。えっと………」

「名前長いからファイでいいよー。喋り方もねー」

「あ、はい。じゃなくて、うん」

「君の名前は?」

「沢田綱吉………でも、みんなツナって呼ぶ方が多いかな」



さすがに十代目やらボスやらはいずればれるにしても言うべきではないはずだ

マフィアと伝えるにしろ伝えないにしろ、少なくとも闘える理由は大雑把に話すとしてもそこまで言わなくても困らないはず

はい、と差し出された手を綱吉も握り返し、小狼の視線を感じて視線をそらす



『ーーーっーーーーっ、て』

「(え………?)」



一瞬、世界がぶれた



「あの………」

「え、あ、ごめん。ちょっと………」



大丈夫ですか?と目で尋ねる小狼に何でもないと手を振りつつも、脳を引っ掻くように言葉が消えない

綱吉の祖先から受け継いだ力も不透明な何かを捉えてしきりにざわめきを上げる

聞こえた声は、血を信じるならばファイーーーのはずなのに、ファイであって違う気もするのだから意味を解せない



「俺の名前は小狼です」

「よろしくね、小狼君」

「はい」



あの声は小狼に何か関係があるのだろうか

関係があったらどうする?と弱気な鼓動は不規則にたわむ

追い立てるように、駆り立てるように、一点の滲みが綱吉の心に落ちた

似て非なるけれど、どこか骸との一番最初の対面を思い出すようなーーー



「ほらー、黒りんも自己紹介ー」

「誰が黒りんだ!!」



………あ、気のせいかも

へにゃりとした動きであだ名を呼んだファイの頭上を怒った拳が通り過ぎる

山本と獄寺君のやり取りみたいだと小さく笑った綱吉に小狼が耳打ちをする



「あの人は黒鋼さんです」

「ちょっと怖そうだけど………いい人そうだね」

「はい」



明けない夜はないのだから、明日から物語は加速する

願いも目的もバラバラな旅路

去来する恐怖も一人でないなら乗り越えられるはず

肩を並べて歩けたらいいなぁと元気な白黒コンビを見守っていた綱吉は、とんとんと小狼に肩を叩かれて振り返る



「あの、さっき聞いたここの世界の説明なんですけど………」

「(いきなり出遅れたーっ!!)」



………たぶん、きっと、いけるはず




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