08
目隠しをした手探りの迷宮
暗闇に見付けるのは希望だろうか
ふるりと瞼を震わせると綱吉はススキ色の大きな瞳を開いて体を起こす
目の前に広がる光一つ差し込まない暗闇は、けれど何故か試しに上げた両手をはっきりと視覚で認識できる
寝ぼけた目を左手で擦った綱吉はくわぁと欠伸を一つ、ぐるっと辺りを見回してから固まった
「(ここどこーっ!?)」
小狼達の姿は地平線の彼方、どんなに目を凝らしても確認することが出来ない
綱吉の目の前に有るのはただ果てしなく永劫に続くのではないのかと思える真っ暗な世界
世界が終幕を迎え、全てが滅び、興廃し、少しずつ少しずつ塵となり大気となりあるがままの姿に戻ったならば、破滅から生まれたならばこうなるのではないのかと想像できる光景に生命の息吹は感じられない
ほんの少し、未来で綱吉を鍛えるのに一役買った十年後の雲雀が展開した雲ハリネズミの内部に似ている
上下左右前後感覚もあやふやになりそうな底無しの空間にふわりと浮かび上がっている綱吉の体
幻想に欺かれているわけでないことは鋭いカンが告げているが、あまりにも何もなさすぎて判断に困る
「(なんて言うか………骸が目指す世界とは違うだろうけど喜びそうな気が)」
考えて綱吉の頬が引き攣った
実際「クフフ」なんて笑い声で薄く微笑む姿が簡単に想像出来るだけに洒落にならない感想である
ある意味現代最高峰な天然を誇る山本や群れを嫌い孤独を好む雲雀もこの光景を気に入りそうだ
閑散という言葉がそぐわない程に無を湛えた闇の世界
有機物も無機物も見当たらず、世紀末を告げた世界の片隅に取り残されたようだ
綱吉が一歩試しに踏み出せばしっかりと足を支える感覚があり、もう一歩進めばきちんと体も動く
どうして自分はこの摩訶不思議な空間に一人きり放り出されているのだろうか
大混乱を通り越して逆に落ち着いてきた頭を掻きながら「困ったなぁ」と眉を寄せる
「歩いても景色が変わらないから動かない方がいいのかもしれないけど………」
動かなければ何も始まらないことは綱吉とて理解している
だが、見渡す限り障害物もなく先の続いているだだっ広い空間を散策する意味はあるのか
もしもの可能性に賭けるには綱吉の目には悲しいほど何も映らず、超直感に働きかけるような違和感もなかった
星も瞬かない、空かも分からない上空に途方に暮れる
本当にどうしよう………と弱気になっていた綱吉の周りが揺らいだのはその時だった
「えっ、な、何!?」
跳ね返るものが何もないからか、綱吉の声は反響することなく暗闇に掻き消される
周囲を渦巻くたわみも風を作り出すことは出来ないのだろう、綱吉の髪を揺らすこともなく巻き起こったそれは細長い球体を形作り、やがて全てを解き放つように広がると軽い着地音が響いた
「………よかった、ボス」
「って、クローム!?」
条件反射で戦闘大勢に入っていた綱吉が軽くずっこけながら突っ込めばクロームが申し訳なさそうな顔をして三叉槍を握る
じっと綱吉を見詰める瞳には安堵が浮かんでいて、あ。と状況を思い出した
夜、ふらりと消えた綱吉を守護者達が心配しないはずがない
ありがとう。と何を言っていいのかわからずにお礼を言った綱吉にクロームは微かに笑うと顔を曇らせ、ごめんなさい。と口にした
「ごめんなさいって………どうして?」
「少し、失敗したの」
「何を!?」
いきなりの物騒な発言に聞き返せばクロームが何もない背後を気にするように振り向く
左手が何かを掴むように宙を中途半端に掴み、虚空に‘何か’が存在していることを教える
綱吉の不思議そうな視線に気がついたのか、こっくりと頷くと瞳を伏せた
「ボスがいなくなってみんな集められた。私は夢を見て………次元の魔女に聞きに行きなさいって骸様に言われたことを伝えたの」
「なんで異世界の人を骸が知ってんのーっ!?」
骸だから、と言われればそれまでなのだが納得が出来ない
クロームにも分からないらしく首を傾げてから説明が続けられた
「そうしたら指輪に死ぬ気の炎が燈っていきなり次元の魔女の元に飛ばされたの。嵐の人達は、まだ時じゃないからっていなかった」
「………え?」
「それからーーー」
「ちょ、ちょっと待ってクローム!!」
今とんでもなく聞き捨てならない言葉が聞こえた
ツッコミたい所は多々あるが、今はそんなことはどうでもいい
話を続行しようとしたクロームを慌てて止めた綱吉は嫌な予感しかしないと唇を舐める
そしてそのカンはまず間違いなく当たるのだ
「さ、参考までに聞くけどクロームと一緒に飛ばされたのって………」
「………?雨の人と、雲の人」
「やっぱりーっ!?」
何その取り留めもないばかりか纏めづらく協調性のないメンバー
綱吉の悲痛な叫び声を正しく理解したらしいクロームはほんの少し憐れみにも似た色を宿す
それからはっとしたように辺りを見回すと「時間が………」と呟いた
「時間って………」
どうしたの、と聞きかけて空間が綻び始めていることに綱吉は気がつきクロームを見遣る
一つ年下の少女は応えるように頷くと左手に力を込め、綱吉はそれが誰かの手を握っているからだと悟った
果たしてそれが誰なのか、綱吉が尋ねる前に再び渦に包み込まれ始めたクロームが普段よりは強い語調で叫ぶ
「雨の人………掴まえられた。でも雲の人は無理だった。ボスが最初に会うのは、雲のーーー」
ひと、という単語は音にならずにクロームの姿が消えていく
呆然とそれを見ていた綱吉は自分自身の体も霞み始めたのを確認し、ぎこちなく指を動かす
どうして守護者が追い掛けてきたのかより
対価を取られなかったかと心配するよりも強く
「………………、………………え、最初って………ヒバリさんが?」
団体行動を嫌う人が一番最初?
山本やクロームではなく何故雲雀?
せっかく仲間と離れないですんだのに素直に喜べず、愕然としながら事態に打ちのめされる綱吉の体が用は済んだとばかりに溶けていく
開けっ広げに閉ざされた閉鎖的空間は、そこに誰も存在していなかったように無為の時間を刻みはじめた
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