今はまだ、
スクアーロ、と子供独特の高い声が聞こえて足を止めれば僅かな衝撃
しっかりと逃げないように片足にしがみついた骸を見下ろしたスクアーロは仕方なしにしゃがみ込むと目線を合わせる
年齢よりも大人びた眼差しにはかなり珍しくもほんの少しワクワクとした期待の色が映し出されていて
「………なんだぁ?」
スクアーロは長年培った本能から嫌な予感をひしひしと感じながらも小さな頭を撫でてやれば子供は非常に嬉しそうに顔いっぱいで笑った
「ぼくにけんをおしえてください!」
「………は?」
いいですよね?と見上げる顔は何処までも真剣で、断られるとは露ほども思っていないらしい
思わぬ言葉に固まったスクアーロの後ろから誰かが駆け寄ってくる気配がしてぎこちなく振り向けばルッスーリアの慌てた姿
骸ちゃん!と呼ぶ様子からして同僚もこの話題を知っているらしい
うー、と骸が唸って上目遣いにルッスーリアを睨むとぷいとそっぽを向いた
心なしかスクアーロにしがみつく力が強くなる
「ぜったいスクアーロにけんをおしえてもらいます。もうきょかはとりました」
「スクアーロ!?」
言ってない、自分は断じて言ってない
スクアーロを責める非難の声に思わず骸の頭を軽くひっぱたけば更にルッスーリアから悲鳴を上げられて、だったらどうすればいいんだと殴られておきながらもケロッとした顔の骸を見遣る
幼さもあって生前の骸よりも悪辣な狡猾さを感じるのは気のせいではあるまい
現にあどけない顔にはスクアーロを嵌めたことによる達成感が漂っていた
この子供、本当に自分の立場を上手く利用してくれている
が、スクアーロ達には憎めないということも分かっているのだろうから手に負えない
つまるところ目茶苦茶性格の悪い、というかかなり捻くれた一種の‘我が儘’なのだ
「なんで剣をやりたいんだぁ?」
ため息混じりにスクアーロがオッドアイに問いかければ理由を考えていなかったのか、ぱちぱちと骸の大きな両目が瞬きを繰り返してからこてんと首を傾げた
「だって、けんをつかえるのはスクアーロだけです」
「………、なんで俺に習いたいのか聞いてんじゃねぇ。なんで習いたいんだって聞いてんだぁ」
「なんで、て」
すっとぼけた答えに脱力しながらも更に聞き返せば不思議そうにスクアーロに密着していた体が若干離れた
一点の迷いも曇りもない両目の光
スクアーロの知る子供とは純粋の色が全く違うだだもれの本音をそこから汲み取り、何処までも‘普通の子供’からは掛け離れている骸に頭が痛くなった
「う゛ぉぉい、やっぱり言わなくていいぞぉ」
「?」
たぶん、恐らくだが「だってつかえたらべんりじゃないですか」とでも言うに決まっている
未だ幼く、未だ闇に深く浸かっているこの子供には‘誰かを、何かを守る’といった概念や意志はほとんどない
子供特有の無邪気な残酷さだけが異常に発達している骸の中には守らなければならないモノ、守りたいモノは一切ないのだ
幻術だけでいいだろうがぁとスクアーロがほとほと呆れて言えば聡い骸が却下されたことに気付かないはずもなく、きっと小動物の威嚇みたいに睨まれる
残念ながら怖くないので意味がない
幼いとは言ってもあの六道骸の生まれ変わり、噛み付くように達者な言葉で反論をされても面倒なので小さな体を傷つけないように抱き上げながら顔を覗き込む
スクアーロの敵うことのなかった眼差しには今も、今でさえ明確な光は見えていないのだろう
「とにかく駄目だぁ。どうしてもって言うならフランに許可を取ってこぉ゛い」
もちろん過保護というか独占欲の強いというか、そのフランが許可を出すはずがないと分かっていての条件だ
+ベルフェゴールやマーモンも近くにいるはずなので反対勢力ばかり増えることは間違いない
骸もそれを理解したらしく、むすっと頬を膨らませてスクアーロの服を握る
「スクアーロはいじわるでずるいです。そんなにぼくにけんをおしえるのはいやですか」
「嫌なんじゃねぇ、今のお前に教えるのは心配だからだぁ」
「しんぱいなことなんてありません」
「あるから言ってんだろがぁぁ゛」
例えばこれが何処か外に行きたいだとか、言葉が違って守るために習いたいとかだったらスクアーロとて教えただろう
けれど骸の我が儘は強くなるための殺す術なのだから、幾ら暗殺者とはいえ教えられるわけがない
仮に教えたとしてスクアーロがザンザス達にぶっ飛ばされる
「………いつか時が来たら教えてやるさぁぁ゛」
きちんと扱う理由を携えて、その時にまだ教えて欲しいと望むなら
ふて腐れてそっぽを向く骸の背中を叩きながらスクアーロは約束だぁと口にする
だから今はまだ、子供らしさを取り戻して子供らしい我が儘を言っていればいいのだと
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