見えるモノと






え………と頬を引き攣らせた綱吉に、やっぱりこの人は常識人だと小狼は苦笑する

予想を超えることのない反応はどちらかと言えば強い力を持つ者がするには不釣り合いでもあり、気弱な通常時の時から考えればこれだけで済んでいるのが珍しいくらいだ

真っ青に晴れ渡った空に霞ながらたなびく真っ白のふわふわとした雲の波

さんさんと輝く太陽の日差しに眩しさを覚える午後

大空を彩るそれらを除いた、本当に澄んだ空だけを残した光景こそ、綱吉の心であり小狼の憧れた‘強さ’の証

ピシッと石化したススキ色の眼差しは瞬きを拒んでいるみたいで、まるで冬の訪れを嫌がる稲穂のようだと小狼は目の前でブンブンと手を振ってみる



「あの、ツナさん大丈夫ですか?」



色々な人と関わる機会の多かった小狼でさえ、ここまで普通や平凡に好んで執着をしたり、それに沿う人はいなかった

ぎこちなく頷く様子はどこか幼さを残していて、小狼に力を貸してくれる、小狼のために一緒に闘ってくれる冷静な様子からは程遠い



「……そんなに驚きましたか?」

「驚くよ!!」



小首を傾げながら問えば大声で反論された

何言ってんのーっ!?とばかりに凄まじい即答に一瞬の沈黙



「いえ、でも姫ですから」

「わからないでもないけどオレは小狼君と違ってサクラちゃんのことあんまり知らないんだって!!」

「でも、ツナさんはカンが鋭いですし」

「超直感関係ないから!!嫌な予感とか分かるだけだから!!」



綱吉の必死の弁解も虚しく「そんなものなのだろうか?」と不思議がる小狼の目には微かな疑問

どうやらあまり納得はしていないらしい

日頃綱吉の超直感に助けられ、その命中率に感心し感嘆している小狼からすればどこまでが分かる範囲に含まれるのか、境界線が曖昧なのだ

闘う時以外の性格から驚くだろうなという予想を超えることがなくても、心の片隅は「何と無くは知っているのではないのか」と考える



「てっきり薄々は気付いているかと思ってました」

「………オレ、そんなに特別じゃないから今のうちに訂正して小狼君」



しれっと言うにはカケラの悪気もない小狼に綱吉ががっくりと肩を落としながら切実な声で懇願する



「サクラちゃんが普通の人よりずっと運がいいことも、それが特別すぎることも、闘う力がなくても別の力があることも何と無く理解は出来てもそれが何かまで分かるわけじゃないんだ。実際『あ、この人はきっと何か力があるんだな』くらいしか分からないし」



それだけ分かれば十分特別ではないだろうか

謙遜しているわけではないのは綱吉の心底嫌そうで困り切った顔を見れば一目瞭然なのだが、内容は弱り切った口調やトーンとは裏腹に素直に凄いと思えるもの

時折吹く風に小狼は目を細めながら、だからこの人みたいになりたいと思ったのかもしれないと落ち着かなげに指輪を弄ぶ綱吉を見詰める

平凡を望みながら誰かのためには闘いに身を投じることも厭わなくて、弱気な態度とは真逆の強さを身に秘めて、敵も味方も関係なく、どちらか片方でも傷付けば悲しげな顔をする

眉間に寄せられたシワは困難や敵の強さを不快に思うからではなく、痛いと、悲しいと、淋しいと、辛さに心が泣いているからだ

根本的な部分から闘いに向いていない人、けれど小狼達の中で一番強いだろう人

うー。と頭を抱える姿がミスマッチですらあって、小狼は再び苦笑を浮かべながら口を開いた



「大丈夫ですよ。幽霊が見えるとは言っても姫にしか見えませんから」

「分かってるけど見えるってことは居るってことじゃん!!オレ幽霊とか駄目なんだって!!」



小狼の最もな言葉は慰めにならなかったのか、半分泣きそうな目で綱吉が叫ぶ



「オレ一回幽霊に殺されかけたから絶対無理!!」

「え、ツナさんは見えないんじゃないんですか?」

「見えないけど!!その時は霊媒師だったか何だか忘れたけどそれによって具現化された奴にもう少しで道連れに黄泉まで連れて行かれかけたんだよ!!」



それはトラウマにもなるかも知れない

本気で同情する小狼に綱吉がぶちぶちとその時の様子を語ってくれた

曰く、蘇った霊は霊媒師に召喚を頼んだ女性の恋人であったこと

召喚理由は愛している人に会いたいからではなく、憎悪にも似た感情を幽霊にぶつけることで死んだ者に再び死を与えるためであったこと

たまたま肝試しに巻き込まれていた綱吉ははた迷惑なことにその幽霊にも巻き込まれかけたこと



「結局ビアンキが予定通り倒すことでオレは助かったけと」

「(………ツナさん)」



出会って仲間の話を聞く度に思う、幾度目か分からない「なんでそんな人達と一緒にいるんだろう」という質問が小狼の喉元まで沸き上がってくる

小狼なら幾つ命があっても足りはしない

性根の優しさからかは知らないが、彼の優しさはひどく身に沁みるのだ



「だから嫌いなんですね」

「嫌いって言うか………苦手なんだよ。元々怖かったのにあんな目にあったから余計にさ。別にサクラちゃんが駄目だとか、悪いわけじゃないんだけど」

「分かる気はします」



目に見えないからこそ恐れ、目に見えても怖いものは掛値なしに怖い

申し訳なさそうな顔をする綱吉は死にかけたのだからよっぽどだろう



「姫にツナさんの前ではあまり幽霊の話はしないように言っておきますね」

「うん、何だかごめんね」



いいえ、と首を振った

心優しいさくらはしないようにするかも知れないが、ファイはきっと楽しがって喋るかも知れないなと青空を仰ぎ見ながら




.

- 9 -

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -