まだ来ぬ先の話






薄氷を溶かしこんだような白みがかった蒼い空に地平線の彼方、ぼやけた太陽が輝く

お世話にも明るいとは言い難い日差しは生温い風と相まってひどく不気味に感じられた

飛ぶ鳥もおらず、さざめく木々の音も何処か白々しい

まるでこれからの会話を示唆するようだと綱吉は、背筋を伸ばすでもなくいつものへにゃんとした笑顔を浮かべて待ち合わせ場所にやって来た青年にぎこちない笑みを返した

空気が乾いて澱んでいるわけではないのに胸が詰まって息苦しさを覚える、普段の明るさからは想像もつかない静かな視線の邂逅

暗礁が、暗雲が立ち込め集うならば純粋な悪意で作られた魔女の宴と勘違いしたかもしれない

薄暗い中、青年の金髪だけが柔らかに光の存在を主張していた



「ファイさん」

「どうしたのー?ツナ君らしくないよね、こんな時間に呼び出すなんて」



時刻はまだ、夜明けを告げる朝焼け前

カラカラに渇いた声を絞り出した綱吉にファイはニコニコと笑ったまま人懐っこく首を傾ける

細められた眼差しは、空の色に似ていた



「確かめたいことが、あって」



ファイの質問に対して半分だけの答えを返しながら綱吉は何気ない仕草でズボンのポケットを確かめる

そこにはあらかじめビンから取り出しておいた飲むタイプの死ぬ気弾があった

使う展開にならなければいいと思う半面、彼に対しては始めに握手を交わした時から拭えない疑念があることも確かだ

綱吉にとって仲間であるファイのことはもちろん信じているが、うなじを逆立ててピリピリと、それこそ静電気ほどのものでしかないけれど嫌な予感がして仕方ない

生命に関わるものではなさそうだが、尋ねておきたいことはある

かつての入江正一がそうであったように簡単に人は転ぶ

綱吉の象徴でもある大空とて多面性を持っているのだから



「ファイさん、単刀直入に聞くけど、」

「なになにー?」

「ファイさんはオレ達の………小狼君やさくらちゃんの味方でいいんだよね?」



はじめましての挨拶をした時に聞こえた声ならぬ声

脳裏を掠めたファイ自身に対するあやふやではっきりとしない曖昧な感覚



「それだけがずっと、気になってて」


殺意を感じたことはない

敵意を向けられたこともない

けれど綱吉が受け継いだボンゴレの血は叫ぶのだ、「放っておいたら取り返しがつかなくなる」

僅かな不安要素が彼に付き纏う

綱吉の真っ向から真っ直ぐに向けられた疑問に、ファイは驚いた顔をしてくすまぬ青目を瞬かせる

何を聞いているのかと目で訴えかける無言での問い掛けに綱吉はぎゅっと拳を握って見詰め返した

だから震えていたのは、きっと心で



「ファイさんと初めて会った時握手をして………あの時は周りの雰囲気とかやり取りとかで気のせいだって打ち消したけど」

「ツナ君?」



何を言い出すのか先の読めない内容にファイが疑問視を上げれば呼応するようにそよ風がゆらゆらと揺れる

優しげな双眸は綱吉の兄弟子を思い浮かばせて、景色もあってか物悲しい郷愁に駆られそうになった

聞いてはならないのだと、言ってはならない、恐らく‘まだ’タブーである話

綱吉の鋭いカンは‘聞け’‘聞くな’と騒ぎ立てて涼しそうな空とは裏腹に荒れていた

生温い風の伝える明け方の気配すらも止めたくなるほどに、世界は優雅に廻り続ける

言ノ葉をさ迷わせていた綱吉も先を促すファイを呼び出したこともあって打ち切ることも出来ず、ただ確認するためだけに臆病な刃の切っ先を取り出した



「黙ってて、ごめん。でも、オレにはあの時、本当に一瞬だけだったけど………ファイさんじゃないファイさんの声が聞こえてたんだ」

「!?」



躊躇って、躊躇って、躊躇ってから吐き出された言葉に、弾かれたように綱吉を見るファイの眦がほんの少しだけ厳しくなった

責める色のない、故に鮮やかすぎる瞳が傷付いた傷痕を孕んだ瞬間を綱吉は見逃さなかった

めくるめく時までは眠るはずだったモノの正体

数秒を開けてへにゃりと相好を崩したファイは「全く」と口元だけをほころばせて髪を掻いた



「ツナ君のカンになるのかな?それって黒様よりこわいねー」



魔法を使わないと決めている魔術師は至極楽しげな口調で軽口を叩きながら空を見上げる

ファイの認めた言外の肯定は、しかし綱吉が言葉を重ねる前に降ろされた青目によって縫い止められた

長い前髪の下からススキ色の目を観察しながらファイは数歩歩み寄り、右手を軽く掲げる



「心配しなくても小狼君やさくらちゃんの敵じゃないよ。ツナ君の聞いたことに関しては何も言えないけど、あの二人に危害を加えるつもりはない。もちろん君達にも」

「……………」

「信じられない?」



もしも彼に綱吉達を象徴する天候の属性を当て嵌めるなら、ファイは霧か雲だろう

最も信頼や信用からは距離を置いているファイの質問に首を横に振った綱吉はポケットから手を離して笑った



「元から疑ってなかったけど、本当に確認したかっただけだから」

「わざわざー?」

「言葉にしないと壊れるものもあると思ったから」



オレのカンだけど、と付け足した綱吉にファイが苦笑する

綱吉のカンが侮れないことをファイは誰よりも早く、次元の魔女の名を呼んだ時から理解していた

彼が壊れると思ったなら、ファイの中で綱吉が危惧するくらいにはボロボロに壊れるものがあるのだろう

全てを包み込む大空の示す理解の抱擁に魔術師はきびすを返して背中を向けた

二色の瞳が見詰める先は、一体どちらがより正しいのか



「ごめんねー、ツナ君。嫌な役割させちゃったね」

「オレこそ、ごめん。ファイさんに失礼な質問したから」



………もしも‘その日’が来たのなら、二人は力を解放するのだろうか

まだ誰も知らない結末に向けて、ささやかな密会は幕を閉じたのだった




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