花に降るもの
優雅に乱れ咲いた花が爛漫と太陽を浴びて香りを放つ
青空に映える、橙色の優しい色
一輪一輪を愛おしげに眺めているさくらの姿は記憶が散ってしまった苦労を映し出さない
一歩後ろに下がった位置で無邪気に花と戯れる様子を微笑ましく見守っていた綱吉は今日はさくらと一緒にお留守番を言い付けられていた
記憶が不完全なさくらはいつ倒れて眠るか分からない
小狼に何度も何度も頼まれていたので離れるつもりもなかった綱吉はさくらの横に移動すると同じようにしゃがみ込んで花に手を伸ばす
名前も分からない花は、それでも咲き誇るのだ
まるでオレ達人間みたいだなと不思議そうな視線に笑いかける
「さくらちゃんは花が好きなんだね」
「うん!ツナ君は嫌いなの?」
「オレも好きだよ」
さくらの元気のいい返事と笑顔に向日葵が思い浮かぶ
京子とはまた違った意味で癒される笑顔だ
そして綱吉のてのひらとさくらのてのひらは同じものに触れて同じ花を見ているはずなのにやはり違う人間なのだ
細く華奢な指は単純に綺麗だなと思う綱吉の指先よりもずっと優しく青空に美しく映える花を愛でている
橙色がこんなにも青空に似合うことを綱吉は初めて知った
「綺麗だね」
「うん」
「さくらちゃんはこの花が何かわかる?」
オレの世界にはないから、と笑えば首を横に振られ、知らないとの意志表示
ほのぼのと流れる空気が穏やかな時間を刻み、苦難の旅路を歩いていることを忘れそうになる
綱吉の世界にはなかった花と現実よりもずっと自然に溢れた様子だけがここを別世界だと告げていて、この花がなかったらきっとさくらという少女が横にいる優しい夢の中だと思っただろう
或いは霧の術士による幻想空間
ツナ君も知らないんだね。と花を撫でていた指を離したさくらがほんわかと笑う
「わたしも知らないの。わたしの国は砂漠にあったから」
「そうなの?」
「うん。でも、みんないい人で、わたしが好きだからってよくりんごをくれたの」
「(さくらちゃんってお姫様じゃなかったっけーっ!?)」
いいのか城を抜け出して
鼻持ちならないお高く止まった王族や貴族よりはいいかもしれないが規格外ではあるだろう
城を抜け出し、民もそれを知っている
固まる綱吉にお得意の「えへへー」な笑顔を浮かべたさくらには悪気やらの悪意は全くない
苦労してる人達がいるんだろうなぁと思わずファミリーの顔が浮かんだ
そこではたと思い当たる疑問
「さくらちゃん」
「?」
「さくらちゃんの『さくら』って名前って『桜の花』って意味じゃないの?」
砂漠に桜の花は咲かない
それなのになぜ『さくら』なのか
「ずっとそうだと思ってたんだけど」
花がないなら名付けるなというわけではないのだが、違ったならそれはそれで失礼じゃないだろうか
尋ねる綱吉にさくらは「んー」と考えるように虚空を仰ぎ見てから視線を戻す
「たぶんツナ君が言ってるみたいに『桜の花』だとは思うけど………」
「わからない?」
「そこまで深く気にしたこともなかったから」
「そっか。普通はそうだよね」
綱吉だって「なんで綱吉?」と聞かれたら非常に困る
さくららしい回答に綱吉も橙色の花から手を離して立ち上がった
同じようにしゃがみ込むことを止めたさくらは「でも」と言うと髪を押さえて目を細める
「旅をしていくうちにでもいいから実際に見たいなって思うの。どんな花がわたしの名前になったのか、ちゃんと見てみたい」
ツナ君は知ってるんだよね?と今にも続けそうな表情はまだ見ぬ景色に恋い焦がれているようだった
焼け付くような焦燥とは違う、柔らかくて温かな期待
明日に憧れる子供みたいだと綱吉の頬が緩む
「桜の花って種類によって色は少しずつ違うけど春らしいピンク色の花だよ。雰囲気とかぱっと見た印象はさくらちゃんと似てるかな」
「え、わたしに?」
「優しいところとか、笑ったときとか。明るいときは向日葵かなって思ったりもするけど」
………って、何恥ずかしげもなく喋ってるんだオレ
こっぱずかしいことを言っていたことにようやく気がついてピシッと固まった綱吉には気付かずにさくらは少し照れた顔をしてはにかむだけ
どうでもいいが本当に小狼が一番らしい
さくらがそれを恋愛感情だと自覚しているのかは怪しいが、お似合いというのか綱吉の評価だった
二人とも自分のことよりも人を優先してしまうからあれだけれども
「(あ、そういえば………)」
いつだったか誰かに聞いた気がする
そろそろ仲間も帰ってくるだろうと綱吉はさくらに帰宅の胸を促しながら思い出す
「(桜の花って確か)」
優れた美人という花言葉だと聞いて、控え目な印象もある花には珍しいと感じた覚えがあった
花言葉が万国共通もとい別世界共通かはさておき、名残惜しげに橙色の花を見詰めるさくらにはそういった願いも秘められているのかもしれない
「それじゃあ帰ろっか、さくらちゃん」
「みんなケガがなかったらいいけど……」
「大丈夫だって」
ふわりと微笑む少女の上に降る千の花びらと羽根は決して傷を帯びないものではないけれど
この笑顔が小狼のためにも壊れなければいいと、綱吉は思うのだ
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