これもまた日常
それは天使の微笑みを装った悪魔の一言から始まった
「鬼ごっこをしましょう」
『…………は?』
何言ってるんだこいつ、と
年に一回あるかないか、珍しくも個性バラバラのボンゴレ中枢の要人の心が重なった
「鬼ごっこ、とはその………」
「鬼ごっこは鬼ごっこですよ、朝利雨月」
しーんと静まり返った室内で恐る恐ると尋ねた雨の守護者に言い放った張本人がにっこりと答える
しゃきんと手錠を構えるアラウディを止める者はいない
本日は幹部全員出席の会議であったために例外なく守護者達は集められて揃っているのでジョットもいつもより気力を使いながら、それでもなんとか話を進めていた
そして一段落ついた所で冒頭に至る
全員いるが故の発言であったのかもしれないが内容はふざけているとしか思えないお遊び、スペードを快く思っていないアラウディがキレないはずもなく、だからといって必ずしもスペードが気圧されるわけでもないので無関係なのに気弱なランポウが真っ青になって震え上がるはめになっていた
これはヤバいとジョットはGを見、同じようにキレかけ寸前な形相にそっと目を外す
右腕に喋りかければその瞬間何かが終わる
長年の付き合いから超直感に頼らずとも一瞬で見抜いたジョットの耳に、本日二度目のいらん言葉が入った
「それは究極に楽しそうではないか!」
「ナックル………」
今は黙ってて欲しかったと額を押さえたジョットに「ナックル殿」と慌てた声が変わりに続ける
「確かに楽そうではあるが、まだ話し合うべきことがあるでござるよ」
「だが、究極息抜きも必要だ」
「〜っから今は会議の時間だっつってるだろ!!」
ああ、決壊した
せっかくの雨月の窘めをあっさり無に返した晴の守護者にジョットは怒鳴るGを眺める
いつか神経が擦り切れないか心配で堪らない
あっちで言い争い、こっちで言い争いと放っておけば屋敷を壊しかねない状況にどうにかして黙らせなければと視線を巡らせればランポウが恐々と手を挙げた
「ボス」
「どうしたランポウ」
「スペードとアラウディが闘ってて怖いからオレ様もう帰りたいもんね」
「………………」
言われてジョットが榛の瞳を向ければいつの間にか闘っている己の守護者
銃と幻術が入り乱れていて現実的なのか幻想的なのか全くわからない光景になっている
そして
ジョットはため息を吐くと拳と額に炎を燃え上がらせて二人の間に割って入り左右に一発ずつ攻撃を容赦なく振るう
途端、掛値なしの唐突な横槍にも関わらず見事に見切ってよけた二人が獲物を構えながらも離れて着地した
淡々としながらも参戦してきた大空に二人の守護者はキラリと目を煌めかせ、大空は大空で銃弾が食い込んだ壁と幻術で焦げた天井を一瞥
「お前達は屋敷の中で争うなと何度言ったら分かるんだ」
「突っ込む所も言うべきこともそれじゃねーだろ!!」
確かに
全力で叫ぶGに雨月達が頷けば、水を差されたと思ったらしいアラウディが銃をまた一発打ち鳴らす
「うるさいよ。こいつを殺るのに文句があるなら君達も殺す」
「おや、怖い。僕が一体君に何をしたのやら」
飄々と肩を竦めて魔レンズを片手に持ち上げながら杖を呼び出したスペードにアラウディとGの頬が引き攣る
性格や雰囲気こそ全く違う彼らだが、職務に対する生真面目さだけはボンゴレで一、二を争うほどに強い
会議を馬鹿な一言で打ちきったのはお前だろと睨みつける
「………二度と喋れなくしてあげよう」
「君如きが僕を捕まえられると?」
嬉々として火に油を注ぐスペードにアラウディの衣が翻り一気に間合いを詰めるも間に立っていたジョットが易々と衝撃をいなして邪魔をする
ヒィ!と頭を抱えるランポウなど眼中にも入っていないアラウディはぎりっと奥歯を噛むと間合いを開けて再び構え直す
「邪魔だよ、君も死にたいの?」
「アラウディ。だから屋敷で争うなと言っているだろう。スペードも挑発するんじゃない」
「本音ですよ」
「スペード!」
滅多に声を荒げない大空の強い語調に「分かりましたよ」と霧が薄く紅い唇を歪めて頭を下げる
上げられた藍色の瞳は不機嫌そうなアラウディだけを見詰め、残念ですねぇと意味ありげに呟いた
嫌な予感を感じたジョットが一歩下がるも時既に遅し
ボンゴレ随一の諜報や人を欺く潜入に長けた霧は満面の笑みで首を傾げてみせた
「んー、アラウディが一番鬼ごっこを気に入ると思っていたのですが」
「何が言いたいわけ」
「………ちょっと待て、スペード」
ただの鬼ごっこ、されどアラウディが気に入るような鬼ごっこ
眉間にシワを寄せて更に後ずさるジョットにスペードは最後の爆弾を落とした
「君が‘鬼’になって普段は闘えない守護者達を狩るという遊戯はお気に召しませんでしたか」
『はぁ!?』
「スペード、お前………」
アラウディが鬼ならば死ぬ気で全員逃げ回るのでそれ以上の特訓はないだろう
だが、死ぬ
ジョット達幹部はともかくも屋敷にいる他のファミリーが他ならぬ味方によって巻き添えを食らい死ぬ
下手すれば屋敷も全壊する
さぁっと青ざめるランポウや固い表情をするG達にジョットはやらせないという意味で頷いてみせるも、何かを言うよりも先に一気に機嫌を直した蒼が輝いた
「それは大空もかい?」
「もちろん。鍛えることが目的ですから」
最強の守護者と災厄の守護者
こうなるともう誰にも止められない
清々しいほど爽やかに誰の了承も得ようとしないまま怖い話を進めていく守護者にジョットはGに向き直ると肩を叩いて擦れ違い様に囁く
「すまないが被害が最小で済むように外に逃げる」
「ああ、そうしろ」
「それと」
ぽんと手を叩いたジョットが唇を緩め、忘れるところだったとGに自室の方角を示す
「私がこの間行った取り締まりの報告書だが机の上にある」
「………………は?」
「頼んだぞ、G」
では、と今度こそ立ち去るべく窓から外へ飛び出したジョットにアラウディも追い掛けるべく手錠と銃を手に部屋を横切る
スペードはスペードで仕方なく逃げ出した雨月とナックルを見送ってから霧となって姿を消した
その姿を呆然と眺めていたGを一度見たランポウは急いで部屋を後にする
守護者達がそれぞれ逃げ出してからどれくらい経ったのか
「守護者に報告書出すボスが何処にいるーっ!!」
普通逆だろなんててめぇが報告書出してんだ!と
怒鳴るGの切実な言葉がボンゴレの屋敷に響き渡った
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