君の目に映る空






綺麗な空だよ、と誰かが言った

見上げた空は灰色にしか見えなかった





とたとたと暗殺者集団の屋敷には似つかわしくない軽い足音が廊下を走る

小走りに何処を目指すでもなく進んでいたのは骸一人で側には誰もいなかった

話は簡単、先程まで骸がいた食堂には現在戻ってきたフランと朝食にやって来たベルフェゴールが殺意のある喧嘩、スクアーロが剣を振り回して止めると言ったある意味日常な光景があるからで、止める気も誰かと特別いる気もなかった骸はこっそりと散策に抜け出したのだ

世話役の二人が気がついたら狼狽するだろうが朧げとは言え記憶を受け継ぐ骸なのだ、闇や静寂に紛れることは呼吸と同じくらい簡単なものなので抜け出したことに気付かれた様子はない

目覚めたばかりで知らない、今日からいつまでいるかは分からないが新しい骸の居住地

どうやら思ったよりも広いらしく小さな歩幅では進むスピードも限られていて、綺麗なオッドアイにはもどかしさが点滅していた

因みに今骸が着ているのは細身といっても何回りも大きなフランの衣服なわけで、



「ふみゃっ!」



服の裾に足を引っ掛けた骸が盛大にこける

うー、と唸りながらもふかふかの絨毯では怪我も知れているために痛みは少ない

滅多にドジを踏まないためにとっさに手をつくことが出来なかった骸は顔を赤くしながらも立ち上がり、すんと鼻を啜るとパタパタと服と膝あたりを叩いた

柔らかな生地は、自分が着ていた薄衣とは全然違って



「大丈夫かい?」

「!?」

「フランとベルは?」



君の世話役だろう?といきなり現れた人物に跳びはねる

警戒心と羞恥心でいっぱいの骸の横までやって来たその人は「ああ、怪我はないみたいだね」と安堵の息を零してからスクアーロがそうしたように頭を撫でた

何時からいたのか、何処からみていたのかと思いながらも優しい手つきで撫でてくれる手を跳ね退けることも躊躇われて長い服の裾を握りながら唇を噛む

何故此処にいる人達はベルフェゴールを始めこうも馴れ馴れしく、また骸の知らなかったことをするのだろう

無為でしかない行動に何の意味があるのか



「フランとベルは、けんかちゅうです」

「ムム、またか」

「またということはいつもなんですか、マーモン」

「名前………ム、フランか。そうだね、あの二人はいつもだ。だから僕も世話役についたのさ」

「………そのためだけにですか?」

「そうだよ。悪いかい?」



悪いも何も、また一つ、一つと骸の中に疑問が落ちて来る

骸の頭を撫でるてのひらはスクアーロよりも丁寧で、どこと無く穏やかだ

骸は知らない

与えられるモノの名前を、意味を、知識としては知っていても感情論としては知らない

だから骸にとって見返りも何もないのに無条件で向けられる当たり前のモノは奇異でしかなく、何か裏があるような気がして、でも逃げるには温かすぎて身を動かせないでいた

じぃっとひたすらに見詰めるだけしか出来ない骸にマーモンは手を休めることなく動かしながら安心させるように少しだけ笑った

人よりも長い時間を生きるアルコバレーノは子供の思考を的確に把握し察知していた

彼が何を思い、感じ、不審がっているのかはマーモンにとって天気を見るよりも簡単に分かる

同じ霧として、時には闘って、近すぎず遠すぎず見てきた

そして猜疑心の強かった六道骸の残酷さも身をもって体験して生きている数少ない人物の一人だ



「大丈夫さ、君は子供だ。これから分かればいいんだよ」

「マーモン?」

「(憎しみがないわけじゃないけど、)」



最初から鳥かごの中に生まれた骸に沸き上がる殺意はない

それに気が付いているのだろうか

今マーモンが骸にしてあげている行為は、ベルフェゴール達が骸に向けたモノは、前世の骸が仲間と認めていた彼らに与えた無言の肯定と居場所という光

名残惜しさを感じながらもマーモンは動かしていた手を止めて一番近くにあった窓を開ける

吸い込まれそうな青が天高く昇る快晴に振り向くと骸を横に来させて空を指差した



「昔聞かれたことがある。貴方には空が何色に見えますかって」



あの日マーモンが指を差されて見上げた空は、雲がふわふわと綿菓子のようにありながらも色の濃く深い夏の景色をしていた

ボンゴレ本部からのだという書類を受け取りながら「綺麗な空だよ」とうろんげに答えたマーモンに、彼はいつものあの微笑みを刻んで「そうですか、貴方には青色に見えるのですね」と、僕には灰色に見えますがと肩を竦めたモノだ



「骸、君にはあの空が何色に見える?」

「ーーー………それ、は」

「青色に見えているのかい?」



もしも見えていないのなら、かつて彼がそうだったように灰色にしか見えないのなら答えが分かるわけがない

幾ら大人びていても、賢い言葉をたくさん意味を踏まえて使えても、本当の大人にはなれやしない

この運命で骸は空を青く見ることが出来るのだろうか

俯いてしまった骸の頭に手を伸ばしながらマーモンは大丈夫だよともう一度無責任でしかなくて、けれど真実の単語を力強く発音する



「大丈夫、フランもベルも僕もいる」

「っ、ぼくは、なれあうつもりは………」

「それならそれでいい」

「えっ………」

「君を逃がしてあげられるほど僕たち幹部は弱くもなければ優しくもないから」



逃げたいなら逃げ出していい、信じられないなら何度だって試してみればいいと呆気に取られた顔の骸が日焼けをしないように窓から引き離す

少なくともマーモンはボンゴレ本部が何を言おうと絶対に骸を手放さない存在を熟知している

暴君であるザンザスが将来有能になる術士を殺すならばともかくも野放しにすることがないことも知っていた



「ボスに会いに行こうか。挨拶をしなと駄目だからね」



そう軽く話を変えるとマーモンは脇を通れないように中央で通せん坊をしながら手を差し出して、骸がその手をつかみ取るのを辛抱強く待つ

ベルフェゴールが連れ帰った鳥かごの中の骸はヴァリアーという箱庭にいる

そしていつか気が付くだろう

此処が箱庭ではなく天変地異を毎日携えているような大空の世界だということに




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