連鎖するもの




一階、ヴァリアー幹部専用食堂

いつものように朝食を食べるために自室から降りてきたスクアーロは非常に困っていた

何か言うべきなのだろうかと足が止まる

原因は目の前の足の高い椅子に小さな体を乗せた、昨夜ベルフェゴールが連れ帰って来た子供の姿

擦れ違い様に出て行った一番新米の幹部が連れて来たのだろうが呼び出しでもかかったのか、一人くらい殺めてしまいそうな殺気を持っていなくなってしまい、骸だけが仕方なしに残されたのか

朝食を器用に綺麗に食べながらのつまらなさそうな横顔に、一瞬こいつのせいで昨夜の会議はお開きになったんだと思い出しながらも近付けば気配を感じたのか「おはようございます、スクアーロ」と作り物めいた笑顔をにっこりと浮かべる



「………フランに聞いたのか?」

「はい。かみのながいのかたはスクアーロでおんなのひとのしゃべりかたをするのはルッスーリア、かみをツンツンにたてているのがレヴィ、フードをかぶっているのがマーモン、こわいかたがボスのザンザスだと」

「…………………」



スクアーロ本人にだからか丁寧な説明をしているが「アホのロン毛隊長がスクアーロセンパイでキモいオカマがルッスーリアセンパイで変態雷オヤジがレヴィさん、フード被ってミーと同じ部隊だからよくいるのがマーモンセンパイ、そしておっかないのがボスのザンザスですよー」敬称なんてつけなくてもいいですからねーと真剣に言い聞かせるフランの顔が目に浮かぶ

スクアーロの微妙な表情からそれを読み取ったのか、骸は湯気の立つスープをスプーンで口に運びながら「ぼくのくちがわるくなったらフランのせいですね」と声も立てないで笑った

洒落にも冗談にもならない発言にスクアーロは隣の席の椅子を引いて座るとがしがしと頭を撫でる

そうされることに慣れていないのか、びくっと首を竦めてから見上げてきた骸にスクアーロは手を離しながら視線を合わせる



「骸、お前いくつだぁ?」

「よんさいかごさい、ですけど………」



それがなにか?とスプーンを置いて行儀よく向き直った子供にスクアーロはため息を堪え、答えられた年齢に考え込むようにしてから下ろした手をもう一度近づけて、中途半端に顔にかかっていた前髪を払う

猫のようにオッドアイを細めた小さな存在の熱い体温にはスクアーロの冷えた指先は心地好かったらしい

くすぐったそうな顔をする骸にスクアーロは少しだけ表情を改めて率直に言った



「言葉の練習をしろ」

「………はい?」

「喋り方だ」



きょとんと不意を突かれた表情に銀髪が揺れる

恐らくこの時代の骸も親や周りには恵まれなかったのだろう

スクアーロからすればたどたどしく拙い骸の喋り方は、彼の言う年齢から考えると僅かに発達が遅く思えた

難しい言葉や引き継いだ前世の記憶が先走って現段階の流れが追いついていない

本人にも自覚はあったらしく眉を八の字にすると「しゃべりかた……」と復唱をして目をさ迷わせる

やがて落ち着いたのか、スクアーロに視線を戻すと身を乗り出すようにして両手で服をしっかと掴み、逃げられないようにして首を傾げる



「スクアーロもベルとおなじであんさつしゃなひとごろし、ですよね?やっぱりちゃんとしゃべれたほうがあやしくないのですか?」

「ああ゛?」

「あまりたどたどしいのも、おかしいですよね」



そうしたらみんなは喜ぶのかとキラキラした目で尋ねるでもなく、喋られるようになったら嬉しいと手を叩くでもなく

無垢な子供の顔で残酷に、悪意のない、同時に無邪気さからも程遠い表情から打算に満ちた子供らしくない言葉がこぼれ、スクアーロの目が見開かれる

そんなスクアーロを見上げる骸はというと服は用意する暇がなかったのか、明らかにフランがコートの下に着ている服を着用し、ぶかぶかのでワンピースになっているその格好でパタパタと足を揺らしていた

………かけそくようにスクアーロの唇から吐き出された細い吐息は骸に届かない



「……普通はな」

「ですよね。でも、どうすれば」



忘れろと口にしたベルフェゴール

けれど結局転生した所で変われるほど軽い宿命と罪業ではなかった骸の、朝食も忘れてあれこれと考えている小さくなっただけの魂も何もかも変わらない姿に目を覆いたくなった

スクアーロはフランを叱るつもりだったのだ

やるせない気持ちも喜びも悲しみもその骸に向けるのは間違いだと、何も知らない子供に過去の幻影を重ねるなと

昨夜の軽率な行動を窘めるつもりだった

それなのに顎に手を当てて唸る骸は前世と同じ闇を身に秘めて、子供が浮かべてもおかしくない発想も持たないでスクアーロに「人を殺すには不便ですよね?」と言うように問い掛けるのだ

業の渦巻く世界以外を、幼子は目にしたことがないのだ

狭く暗いそここそが骸の無限回路とでも定めたように



「世話係はベルとフランとマーモンだぁ。そいつらに頼め」

「ベルとフランだけではなく、マーモンというかたもですか?」

「あの二人だけなら心配だからなぁ」

「そうかもしれませんけど……スクアーロはおしえてくれないんですか?」

「あ゛?」

「ぼくはスクアーロにもおしえてほしいです」



スクアーロの目に映るオッドアイに潜む凍えた冥い炎と、儚い(クライ)闇

嘘の中に真実を、真実の中に嘘を混ぜる霧の眼差し

味方か敵か分からない内は信憑性も信頼も何もない言ノ葉

ベルフェゴールが連れて帰って来たわけだと納得するには十分すぎて、「からかうなぁ」とスクアーロは語気を抑えて言い返す

晴れることのない分厚い隔てりが、まだスクアーロが踏み込むことを許されてはいないラインがそこにはあった



「スクアーロはいじわるです」



拗ねた表情の奥に隠れているのは身を震わせる獣がとんでもなく手に負えない化け物か

スクアーロとすっかり冷めてしまったスープとを交互に恨めしげに見遣りながら愚痴を呟いた骸のてのひらがコートから離される



「いいです。ベルとフランにおしえてもらいます」

「マーモンもいるっつってるだろうがぁ」

「まだあったことありません」



スクアーロに向けられる親しみのある我が儘と膨れっ面の感情の何処から何処までが本物なのか

ご機嫌ななめに食事を再開した骸にスクアーロも席を立つと朝食を取りに行く

一番前世に縛られているのは自分なのかもしれないと自嘲しながら





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