爆ぜる感情




巡るのは、傲慢な言葉

アルコバレーノであるマーモンに向けられた不遜な自信



『クフフ……貴方は僕に勝てませんよ』



廻るのは、不器用な声

駄目弟子と蔑みながらもフランを見捨てなかった丁寧な教え



『僕の弟子なんですから簡単でしょう?』



覚えてる、恐れぬ強さ

マフィアの闇だとザンザスを称したくすまぬ色違いの双眸



『君の業の深さは変わりませんね』



強かった、冷たかった、超直感顔負けに何もかもを見透かしていて、ふてぶてしい程に自分の欲に忠実で、冷酷で残虐で暗い闇を背負っていて………だけど、それでも、それが例え数え切れる者にのみ限定されていても、優しさを失わなかった人



「し、しょー………?」



奇妙に静まり返っている静寂の中、呆然とあの日まで呼び掛けていた呼称を呟いてふらりとフランが歩を踏み出す

はっきりと不機嫌な顔になったザンザスに気が付いたのか、フラン。と我に返ったマーモンが慌てて止めに入るが眼中にすらないのだろう

普段は眠たげな、面倒臭げな印象を与えるエメラルドグリーンにはベルフェゴールが抱えている幼子しか入っておらず、その他に気を配っている様子はなかった



「ししょー、し、しょー」



それは迷子になって途方に暮れていた子供がようやく母親を捜し出せた時の泣きたくなるような、絶対的な安堵にも似ていて

ふらふらとした覚束ない足取りで歩み寄って恐る恐ると伸ばされた手に、しかしベルフェゴールは一歩後ろに引くと首を大きく横に振った

否定・拒絶の動作と分かったのだろう、きっと睨みつけるフランにベルフェゴールの骸を抱える腕が知らず強くなる



「ベルセンパイ、冗談がすぎますよー」

「王子の話を先に聞けってぇの」

「………ミーの邪魔するんですかー?」

「ちげぇよ」



もっと根本的で残酷な問題だ

一気に殺気を膨らませたフランにお気楽主義者のベルフェゴールも頭が痛くなる

師として骸を敬愛し個人的にも毒を吐きながら懐いていた後輩でこれなのだ、元黒曜の三人の混乱は計り知れない

ヴァリアーの面子で姿を見ただけだというのにこれだけの衝撃を受けているのだ、ボンゴレの守護者達に与える打撃は侮れないだろう

手渡さないのであればと戦闘体勢に移ったフランを作戦隊長であるスクアーロが剣を向けることで牽制しているがどれだけの効果があるのか

睨み合う三者に沈黙を守り通していたザンザスが机を叩く

はっと目を向ければ目付きの悪い目元がより一層凶悪さを帯びていて



「忘れろっつーからには記憶がねぇのか、そいつは」

「っ!?」



冷静に確認を取るザンザスの言葉に幾人かが弾かれたようにすやすやと眠る骸を凝視する

愕然としたのはやはりと言うべきかフランとよく対立しては下らないことで幻術をぶつけ合っていたマーモンの二人

マフィアを心から憎み嫌っていた生前の彼からは想像も出来ない無防備さに、そう、記憶があったら眠るわけがないのだとため息を吐いてからベルフェゴールは縦に頷く



「‘六道骸’として生きた過去だけ覚えてないって話だけど。じゃなきゃ眠んねーよ、一番嫌うマフィアに抱えられてなんて」



だから忘れろと言ったのだと続ける前に、ほんの少し肩の力を抜いていたベルフェゴールの手から骸が奪われる

たんっとそのまま後方に移動したフランは条件反射で投げつけられたナイフを身軽に避けるとその場に立ち尽くし、人工的な明かりに照らされた小さな骸をそうっと見つめるとすっかり元に戻った無表情な面を上げた

その瞳の奥に一瞬、微かな火が爆ぜる

悲しみだったのか、寂しさだったのか、切なさだったのか、苦しさだったのかは分からない

ただ壊れ物を扱うような抱え方にスクアーロが頭を掻き、ルッスーリアが開けかけていた口を閉じた

何も言えないと、思ったからかもしれない

ボス。と助けを求めるようにマーモンが補佐役のフランをちらちらと眺めながら事態を納めてくれたらと呼び掛ける

渡せと言ったところで聞き入れるとは思えず、また本当に記憶がないのであればフランが抱え続けるのは危険だった

まだ目の前の幼子はベルフェゴールのことしか知らないのだから



「……………」



すっとザンザスの双眸が細められ、何も知らない骸を見据える

立ち上がって近付くことはせず、椅子に行儀悪く座りながら部下の無表情を観察した

あくまでボスはザンザスであり絶対的な権利も全てに置ける決定権も他にはないのだから取り上げるのは簡単だ

そのことをフラン自身知っているからこそ事態をきちんと理解していても真っ向からザンザスを見返している

普段のように意識を飛ばしたり眠気に負けそうになったりせずに王様のように座るザンザスの視線を真っ直ぐに受け止めているのだ

ザンザスは一度瞬きをするとベルフェゴールを見、最後に他の守護者達を見ると背もたれに身を任せた

好きにしやがれ、と素っ気ない言葉が響く



「だが責任は取ってフランとベルフェゴールでそいつの面倒を見ろ」

「げ、フランのお守りもかよ」

「ミーだって堕王子となんか嫌ですー。………ちっ、ベルセンパイが見つけてなかったら」



先に見付けたかった、一番最初に見付けたかった

悪態をつく顔は無表情を崩し悔しさを含んでまるでそう言っているようで、さしものベルフェゴールも口をつぐんで反論を抑える

その様子を見ていたマーモンはもう大丈夫だろうと判断すると深々と嘆息し席について冷めてしまった紅茶を飲み込んで、また嘆息を一つ



「………ボス、僕もつくよ」

「勝手にしやがれ」



キラキラと明かりを受けた髪が深い輝きを見せて反射する

夜明けを謡うように、目覚めを待つように

何も覚えていない少年は深く深く眠り、囲む数多の視線は様々な感情を宿す

知る者と、知らない者

分け隔てる壁の厚さを感じながら




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