眠りの外で




すやすやと夜には相応しく穏やかな寝息がベルフェゴールの腕の中からこぼれ落ちていた

羽織っていたヴァリアーの上着で体が冷えないように包まれた幼子にとって歩く度に伝わる振動は心地好い子守唄だったらしい

体力の限界でもあったのだろう、ベルフェゴールに抱え上げられた骸が眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった



「ちっせぇーの………」



ふわふわとしていて、力を込めれば折れそうで、高い体温は湯たんぽのようで、ふにふにとした柔らかな頬は緩まっている

ベルフェゴールにとってボックス兵器以外の小さな生き物は未知の感触で、暗殺者と知っているにも関わらず意識を飛ばした幼子の無防備さには殺意も沸かず、赤い光に照らされていた時とは比べものにならないあどけなさに頬をつっついた

むぅ………と唸る声でさえか弱い生き物を思わせて、実際に前世よりもずっと弱くなった存在を抱え直す

眠る子供の、当たり前な幼さ

その当たり前を知ることのなかった前世



「まずはボスっと………」



ヴァリアーに置くのならばボスであるザンザスの了承が必要不可欠で、今更ながらに無計画かつ無鉄砲な行動に出てしまったとベルフェゴールは珍しくもほんのちょっとだけ反省する

冷静に理解していたならば手を差し出さなかったのか、と聞かれたなら「違う」と答えるけれども、つまりザンザスはそれだけ怖い相手であると言うことだ

しかも連れて帰るのはあの六道骸の生まれ変わりであり敵と言っても差し支えがなく、「捨てろ」と吐き捨てられる可能性がそれはもう高いわけで

そうなれば、ベルフェゴールが王子だとしたらザンザスは王様だ、逆らえるわけがない



「………ま、なんとかなんだろ」



だって王子だし、とは安心しきっている寝顔に言えなかった

秘められたオッドアイが開けられるのは左目の色に空が染まってからだとは分かっていても音にならずに喉の奥で掻き消える

今日の自分はいやにらしくない

寒かったのか、無意識に擦り寄ってきた骸をもう一度抱え直してからベルフェゴールは見えてきた屋敷の門を一気に通り抜ける

上着を着ていないことにざわめく当てにもならない雑魚の部下には目もくれず、お城と呼んだ方が相応しい扉を足で開けると真っ直ぐに廊下を突き進んだ暗殺者の巣窟とは思えない豪奢な廊下の奥にある、一際立派なザンザスの自室

そこへ向かっていたベルフェゴールの足取りは、しかし半ばまで進むと乱れ、止められる



「………マジ?」



恐らく殆どの者が集まっているのだろう、幹部の中の幹部、ザンザスをボスと仰ぎ守護する者達だけが入ることのできる会議室の前でベルフェゴールは笑えねぇと固まった

感じる気配は八つ、ベルフェゴールを除くメンバー全員だ

破壊音はしない、普段鳴り響く殺意の音楽も鳴り響いてはいない

が、それが何より怖い状態であることをヴァリアーに属している誰もが知っている

ボンゴレ本部とは決定的に違う一点、緊急事態に陥らない限り幹部全員が集合することなどまず有り得ないのだ

或いはボスであるザンザスからの命令でも出ない限り、基本的にそれぞれがそれぞれの任務に駆り出されている

どんな理由であれ、今ベルフェゴールの見詰める扉からは集められた守護者とボスの気配が重たい威圧感と存在感を伴って外に漏れていた

よっぽど疲れていたのか、眠りから呼び覚まされない腕の中の骸を一瞥してベルフェゴールは扉に手を伸ばす



「ししっ、勢揃いかよ」



眠ってくれていて、目覚めなくてよかったと

小さな子供の存在を知られるのは時間の問題だと



「う゛ぉぉおい、遅かったじゃねぇか!」

「うっせーよ」



任務帰りを一切考慮していない、第一声から騒音極まりない雨の守護者であるS・スクアーロにベルフェゴールは愛用のナイフを投げつけながらさりげなく耳を覆うように骸に被せた上着を直す

鋭い軌跡を描いたナイフはあっさりと腕に直接付けられた剣に弾かれて床に落ちていた

本日二度目の光景にベルフェゴールが鼻を鳴らしていると「早く座りなよ」と、比較的マシな関係に当たる霧の守護者であるマーモンに促される

その横には、蛙の帽子

「さっさと座って下さいよー、ベルセンパイ。センパイのせいでミー達待たされてるんですから」

「知らねーよ」

「あーもう、だからセンパイは堕王子なんですよー」

「かっちーん」



誰の言葉も素直に聞かない生意気な可愛げも何もない後輩の無茶苦茶な理屈にナイフを突き刺してから席につく

ボスであるザンザスは目をつむっていてベルフェゴールを気にするそぶりも見せない

従ってザンザスを世界の中心に定めているレヴィが動くこともない

だから必然的な役回りとしては適切だったのだろう、彼がそれを口にしたのは



「にしても、ベルちゃんが上着を来て来ないで帰ってくる日がくるなんてねぇ。そ・れ・に、その腕の中に何か抱えちゃってるでしょう?」



命の気配がするわよ、と晴の守護者であるルッスーリアの言葉にベルフェゴールへと視線が集中する

その色とりどりの眼差しや表情に驚きは一切なく、ただ何を連れてきたのだと冷静に責める光があった



「何か、ねぇ」

「ム、答えられないのかい?」

「そんなんじゃねぇよ」

のんびりと呟いたことが気に入らなかったのか、突っ掛かってきたマーモンにベルフェゴールは否定を返してからザンザスに目を向ける

座っているだけで恐怖感を植え付ける、ベルフェゴールが自分より上だと認めた数少ない相手

視線を受けてか開けられた眼差しは昔から変わることを知らず、夕暮れに訪れる優しさを映し出さない怒りと誇りそのもの



「………なんだ」



低い声に怯えたようにカーテンが揺らぎ、先程とは打って変わった静けさに包まれる

神の怒りを恐れるように、神に祈りを捧げるように守護者は押し黙る

ベルフェゴールの抱える温もりだけがまどろみの中で安らいでいた



「………見つけてきたんだ、ボス。王子が行った任務先で」



どれ程の間沈黙していたのか、言葉を探していたベルフェゴールはザンザスの限界がくる前にそう囁いた

見つけたんだと繰り返し、ザンザスが何かを言う前に視線を移す

きっと、一番傷付く相手

きっと、一番悲しむ相手

きっと、きっと、ヴァリアーの中で誰よりも喜ぶだろう姿に

「なあ、フラン。王子優しいから先に言っとくけど、お前も全部忘れろ」

「は?何言ってるんですかー、センパ」

 ・・・・・
「お前の師匠」



フランの毒舌を遮ると立ち上がり、予想外の言葉だったのか未だ傷口は膿んでいるのか怯んだ瞬間を見逃さず、ベルフェゴールはふわりと骸の顔にかかっていた部分の上着をずらす

息を呑んだのは、きつく眉間を寄せたザンザス以外



「なっ………」

「正真正銘、あの‘六道骸’の生まれ変わり」



無垢な寝顔が呼ぶのは喜びよりも大きい混乱と悲哀と、切なさ

椅子を蹴って立ち上がり目を見開いて言葉をなくしたフランとマーモンにベルフェゴールは前髪の下で瞳を伏せた




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