変わらないもの






連絡が入った時には遅かった

早口で切羽詰まった焦りの連絡にヴァリアーのメンバーは即座に任務を暴力的に片付けると体を休ませることもなく全速力で屋敷に戻る

額に浮かぶ冷や汗と、侵入者に対する怒りと、そこにいなかった自分自身へのやり場のない憤り

屋敷が襲撃を受けてからすでに四時間が経っていた



「どういうことだよ!なんで王子達がいねーって知ってたんだ!?」



一番遠い任務に行っていたベルフェゴールが戻るなりつかみ掛かる勢いで怒鳴り声を上げる

留守番を言い渡した子供の身を案じながらも答える者は誰もいない

正確にはわからないのだから答えられないのだ

屋敷襲撃から九時間、銃撃の音は途切れることもなく絶え間無く聞こえ、幻覚の炎が窓ガラスから見える屋敷の内部を染めていた

今すぐ屋敷に入り侵入者をボコボコに完膚なきまでに叩きのめし殺したいのは全員一致の心境ではあったが、面倒なことに幻覚で細工をされているらしく霧に精通していない者では解くことも出来ず、中に入ることも出来ない

ザンザスの力で払えないこともないが、屋敷に、子供や他の隊員に被害が及ばないとは言い切れないために決行には及ばず

突破口を作れるのはマーモンとフランのみーーーなのだが、その二人はまだ戻って来てはいなかった

ザンザスに与えられた任務内容があまり術士向きでなかったこともある



「………そろそろ帰ってきてもおかしくはないが」



レヴィが空を仰ぎながら一言呟く

どうして人には出来ないことが山ほどあって、やりたいと思うことほど無力さを突き付けられるのか

殺戮の腕も、血濡れた過去も、くぐり抜けてきた実績も今は役に立ちやしない

向き不向きの現実に足踏みするしか出来ない己の不甲斐なさは昇華しきれずに檻の水のように澱んでいく

募るだけの焦燥に、聞きたい言葉は慰めじゃない



「ーーーっ、僕達が最後、か」

「っマーモン!!」



ざざっと音がなり、息を弾ませて駆け付けた古株の霧の姿に誰からともなく声を上げる

その後ろから飛び出してきたフランはどこかで脱ぎ捨ててきたのか、エメラルドグリーンの髪を障害物もなく靡かせてマーモンを追い越すとヴァリアーの面子を押しのけた



「どいて下さい!!」

「っ、何とかなりそうかぁ!?」

「‘なりそう’じゃなくて‘する’んですよ!!」



叫ぶフランの声が痛々しさを帯びてひび割れ、流石のベルフェゴールもカエルについては突っ込まず、マーモンが「手伝うよ」と横に並ぶ

元より世界最強レベルに入る腕前の術士なのだ、それが二人もいれば相手の力量によって多少変わるが秒殺には違いない

片やアルコバレーノ、片やあの六道骸の弟子

ザンザス達が手を拱いていた幻覚をあっさり解くと二人して言葉もなしに、馬鹿みたいに正面から屋敷へと走り出す

続いて走り出したヴァリアーのメンバーは明らかに普段よりは冷静さを欠いた後ろ姿に嫌でも頭が冷えた

援護に誰かいかなければ屋敷がこれ以上壊れ、面倒を見なければならない相手が増える



「………ベルちゃん、フランちゃんについていって」

「マーモンの方が王子的には楽できんだけど、りょーかい」

「う゛ぉぉぉい、普通術士が正面突破で先走るかぁ?」



絶対しない

スクアーロのだみ声に、これが終わったら説教だと何人かの同僚は霧二人に呆れの視線を送った

一方様々な感情がないまぜになって半分暴走しかかっているフランは目に入る侵入者を片っ端から無表情に屠り、カンの告げるままに先を急ぐ

真っ白に染まった頭と、真っ赤に染まった眼球の光景



「っこに、いるんですか………!!」



引き攣れた喉はこんな時にも名前を呼べなくて、眠たがる眼差しが幻覚の炎の揺らめきとは別の意味で歪んだ

骸が、六道骸がいなければ歩けないほどフランは弱くない

それでも心のどこかは確かに壊れて喪失にうなされた

フラン自身の一部はまた時を止めてしまうのかと見付けられない恐慌に押し潰されそうになりながら角を曲がった時、視界に入った数多の侵入者

あっと思う間もなく飛び込んだ彼らは何に奇襲をかけたのか、フランが答えにたどり着く前に立ち上る炎



「………ぁ」



泣きたくなるくらい懐かしい、圧倒的で高圧的で美しい炎



「し、しょー………!!」



考えるよりも早くフランの幻覚が、六道骸と同じ炎の幻覚がより現実味と野生味を持って背後から敵に襲い掛かる

轟く醜い絶叫に眉を寄せることもなく、フランは倒れ込んでのたうちまわる侵入者には脇目も振らずに通り抜けると顔を真っ青にして三叉槍を握り締める骸を抱き上げた

ぼんやりと定まらないオッドアイの視線に熱を確かめれば氷のように冷たくてフランは慌てて外套をかける

子供の身には余る幻術を使い、精神力も擦り切れてなお屈さなかった魂

震えるフランに虚ろな視線がさ迷い、そっと頬に小さくて冷えきった指先が触れた



「フラ………ン?」

「っ、……はい。もう……もう、大丈夫ですよー。もう、大丈夫です」

「ぼく……なにも…………どうして?」

「十分、凄いですよ。何もなんてこと、ありません。それに、ミーは………」



ミーは、ただ

フランは一粒涙を零すと不思議がる骸に向けて綺麗に笑った



「ミーは、ミー達は師匠が大好きなんです。だから助けに来ましたー」

「ししょー………?」

「師匠です。ミーの幻術なんてすぐ、追い越されます」



一目見て分かった、錆びれることのない天賦の才

まだ未発達な才能は、フランが幾ら頑張っても届かない高見にあって、幻術を教えてくれた彼と同じで

いつか全てを話す日が来るのだろうか

無邪気にほわりと、骸は楽しげな声で舌足らずに笑った



「やっと………よびましたね」



おチビさん、と

かつては続いたはずの幻聴が聞こえ、フランは疲労から眠りに落ちた骸に顔を俯けて静かに涙を落とす

やっと呼べたと、大切な存在の温もりを感じながら




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