紅茶と服と疑問
きゃー!と、とある幹部の一室で女性のような歓声が上がる
もちろんヴァリアー幹部でこんな悲鳴を上げる人は一人しかいない
その一室の中にいた被害者の骸は少しだけ頬を引き攣らせながら目の前にいる人物に恐る恐る声をかける
「あの、ルッスーリ………」
「んもう、骸ちゃんってば。私のことはルッス姉って呼んでくれなきゃ」
「……………えっ、と」
どの角度から見ても武道を嗜んでいますな幹部に賢明な骸は目をさ迷わせ、わかりました。と頷く
内心では「どうしてこんなことになったんでしょう」と思いながらルッスーリアを見上げる
必然的に小さな骸がそうすれば上目遣いになるわけで、元より女性らしさの強い(?)ルッスーリアは可愛い可愛いと騒ぎ立て一向に話が進まない
マーモン達の目を盗んでこっそり一人ヴァリアー内を探検していたものなので骸もそんなに強くは出れず、かといって今のこの状況は………と己の格好を見下ろした
黒の生地をベースにフリルとリボンがふんだんにあしらわれた、きゅっと腰で絞まってふわりと揺れる膝丈のワンピース
手首と胸元にはそれ専用のブレスレットとネックレスがキラキラと揺れていた
つまり現在骸はルッスーリアによって少女趣味な女の子の服を着せられている
「(このかっこうででるのはさすがにいやですし………)」
断るのは後々追い掛けられても面倒なのでもっと出来なかった
少しの間ルッスーリアが望む格好をすれば気が済むだろうと思っていた骸は己の読みの甘さを後悔しながらも出されていたお茶菓子に手を伸ばす
はむ、と口にしたのはルッスーリアの手作りらしいマフィンで、くどくない甘さが舌の上で溶けていき、紅茶も美味しい
これで性格がなければと思う骸は多分間違っていないだろう
楽しそうな笑顔でもくもくと小動物みたいにお菓子を食べる骸を眺めていたルッスーリアは自身もカップを持ち上げると紅茶を口にした
「本当、骸ちゃん似合ってるわぁ」
「ぼくはこのふくをルッスねぇがもっていたことにおどろきました」
「嫌ねぇ、乙女の常識じゃない」
「………………、そう、なんですか?」
「そうよぉ」
一体何処に乙女がと数秒固まった骸は、はっと我に返ると不思議そうに首を傾げることでごまかす
骸の世話役であるフランとベルがルッスーリアによく「オカマ」だの何だの言っている会話を聞いているので下手な反応をすれば話が長引いてしまうことは知っていた
それに骸は馴れ合うつもりはなかったがルッスーリアのことが嫌いではなかった
理由は簡単、明らかに裏がないので変に気を張らなくてもいい
性格と趣味は少し控えてくれたら骸も助かるが無理だろう
「ルッスねぇの紅茶とお菓子、ぼくすきですよ」
にっこりと不審がられないように会話を変えた骸はカップを置いてクッキーを摘む
あのまま放っておけば他の服も着てみてと頼まれかねない
あいにく骸にはルッスーリアのような趣味はなかった
「(あ、でもいがいとあいてをゆだんさせるにはこうかてきかもしれませんね)」
………あくどくしたたかな思考は持っていたが
「骸ちゃんは甘いものが好きなのね」
「きらいではありません」
「また骸ちゃんのためにたくさん作っておくわ」
「ありがとうございます」
あまのじゃくな答えを返しながら骸が壁に掛けられた時計を見れば夕暮れ前になっていて、その様子を見たルッスーリアが「あら〜、またフランちゃん達騒いでるわね」と何故か上機嫌
まったりとしたお昼を過ごしたのはいいのだが骸がそろそろ戻らなければ本格的にベルフェゴールとフランが死闘を始めてマーモンが巻き込まれるとルッスーリアに向き直る
「あ、あの、ぼくのふく………」
「ああ、さっき洗濯に出しといたわ〜」
「……………は?」
「私のとついでに」
「(なにしてくれてるんですかこのひとはーっ!!)」
口をぱくぱくと動かしながらルッスーリアを見ていた骸はがっくりとうなだれて頭を抱えた
ヴァリアーは個性的で勝手な自由人が多過ぎる
それこそ彼ら守護者に与えられた天気のように他を考えることはない
「うー、どうしてくれるんですか。ルッスねぇのせいでこのままだともどれません」
「あら、可愛いからフランちゃんとベルちゃん喜ぶわよぉ」
「っ、そうじゃなくてぼくがはずかしいんです!」
骸とて姿見で見せられたので今の自分が女の子そのものにしか見えないのは分かっている
見当違いな発言を返して来るルッスーリアを勢いよく振り仰いだ骸は、けれどそのまま椅子に座り直してカップを持ち上げた
躊躇うように琥珀の液体を見下ろしたオッドアイが揺れる
「ルッスねぇ、フランもベルもマーモンもやさしいです」
「そうねぇ、見てたら分かるわ。特にフランちゃんとベルちゃんは骸ちゃんが大切みたい」
「でも、よばないんです」
不思議だった
骸は誰か特定の人と馴れ合うつもりはないし向けられる優しさも理解することはできなくて、何だかんだで色々と気にしてくれる心に戸惑って
中でも取り分け骸の側にいて構ってくるのはフランとベルフェゴールだった
ベルフェゴールは骸を連れて帰った張本人なのだから何か思う所があったのかもしれないと解釈できる
でも、フランは骸には何の関係もなかった
始まりの朝からずっと、たまに嬉しそうに切なそうに泣き出しそうな目をしているのを視線の先に立っている骸は知っている
「ルッスねぇたちもベルも、みんななまえでよぶんです。ザンザスはガキっていうこともありますけど、でも、ぼくをどんなよびかたであれよびます」
「…………………」
「フランだけ、よばないんです。ぼくにはそのりゆうがわかりません。いやならはなれておけばいいのに」
不可解だった
理解できない自分が骸は嫌だった
骸のことは見透かされているように扱われるのに、骸はそんな顔を向けられれ理由も知らない
「なつかしいとかんじたりゆうすら、まだぼくにはわからなくて………」
ベルフェゴールに抱き上げられた時には感じなかった、ルッスーリアを前にしても感じない‘何か’を知りたいと骸は思った
名前を呼ばない理由はそこにあるのだと確信もしている
琥珀の液体を飲むでもなく見下ろす骸にルッスーリアは困った顔をすると手を伸ばし、向かい側に座っている小さな子供の両手をカップごと包み込んだ
ザンザスでもレヴィでもスクアーロでも世話役のマーモンやベルフェゴールでもなく自分に聞いてきた、そこに意味があるのだと汲んで
「フランちゃんが骸ちゃんを呼ばないのは嫌いだからじゃないわ。逆よ、大切で大好きすぎるの」
「はい………?」
「理由は話せないわ。でも、もう少しだけ待ってあげて」
姿が、性格が、何か一つでもいい、違っていたなら名前を躊躇いなく呼べたかもしれない
だけど生まれ変わって幼くなってなお、骸は骸のままだった
フランの師匠だった時と変わらなかった
「あの子も不器用なだけなのよ」
師匠譲りの口の悪さと丁寧語と、優しさ
言い聞かせるようなルッスーリアの言葉に骸は常よりめ冷たさのない瞳を合わせるとこくんと首を振って微笑んだ
事件が起こったのは、それから数日後だった
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