傲慢に煌めく双の瞳
二人の間を風が通り過ぎ、月明かりを緩く受け止めた服の裾が怯えたように揺れた
漆黒の羽にさらわれたはずの熱の余韻は、けれどまだ辺りを静かにさせる気はないらしい
殺気も敵意もないが友好とも言い難い雰囲気だけが夜の世界の中で本物だった
先に息を吐き出したのはどちらだったのだろう
優しげな面立ちの青年でもあったし、少年めいた面持ちの青年とも取れた
片や傲慢で不遜とも取れる否やを許さない申し出に呆れて、片や何時まで経っても返されない返事に僅かな苛立ちを込めてつかれたもの
「……解せませんね」
口火を切ったのは呆れを隠しもせずに浮かべた青年だった
声に混じる疲れの中の微々たる戸惑いと困惑の響きにようやく会話が成されて満足したのか、自由という色を橙の大きなキャンパスに映した瞳が柔らかくなる
つまりーー淡々とした冷たいまでの表情を取り払い、初めて笑った
「解せないか?」
「ええ。全くもって理解し難いですね」
幼子に問い掛けるような、あやしかける口調に呼応したのか二人の頬をそよ風がくすぐった
或いは目の前に差し出された手に重ねる体温と答えを持つつもりのない否定を宥めるために吹いたのか
揺らめく光でちろちろと路地を舐めさせながら、分からないか。と金色が語句を親しいものに変えて再度問う
無邪気には程遠くも、全く懲りずに「分かるだろう?」と言外に尋ねてくる相手に外套の青年は毒気を抜かれ、けれど頷くことはせずに肩を竦めた
馬鹿馬鹿しいといいたげに
「貴方には襲われた自覚がないのですか?今も殺ろうと思えば殺れるのですよ」
「だが、お前はそうしていない。それにお前は不思議に思っているのだろう?何故殺せなかったのかと」
「……………戯れ事ですよ」
「そうだ、戯れ事だ。お前の言い分もな」
お互いに理解していることだらけの中での探り合いが戯れ事でないならば何を称して戯れ事と言うのか
青年は己の能力故に相手が倒れなかった意味を誰よりも早く理解し、それが偶然の成すべき事態ではないと銃を手から離さないでいた
また金色の彼にしてもいち早く青年の起こした立ち上る炎が何かを察したために生き残り、だからこそ『霧』と呼んで手を伸ばした
『霧』と呼ばれたからこそ青年は確信をより深いもの、目の前の相手には己の能力が効かないのだと変えた
それにしてもと微笑みを浮かべながら一度たりとて笑うことのない青年に、金色の青年は自身のマントを見詰めて嬉しい必然と誤算だと内心で呟く
まさか最近縄張りを荒らして目障りだった悪質な敵対関係者を滅ぼしに来ただけで、ずっと捜し求めていた『霧』を見つけることが出来るなんて
更に多数を相手にしても切り裂かれることのなかった黒い布の端は先程の火柱によって焦げていた
咄嗟に避けて瞬時にそれが何かを理解していなかったら一瞬にして灰と、塵芥となったあれらの仲間入りになっていただろうということーーそれ程の実力者だということ
「お前は術士、幻術士だな」
「そういう貴方は術士でもないのに奇妙な力を使いますが」
「………………皮肉か?」
目を鋭くして問うた金色の彼に、まさかと青年は小首を傾げる
「嘲笑者に嘲笑を返すことはありますが基本的に礼儀正しい人間のつもりですよ」
「いきなり攻撃をしてきた輩の台詞とは思えないな」
「ええ。ですから礼儀正しい人間の‘つもり’と申しました」
何処までも朗らかで悪意がない青年の心ない言葉に金色の彼の唇が動く
やはり、と漏れた吐息は感嘆か、御することも難しい気高い生き物に対しての納得か
出されたまま引かれることのない、また何かを掴む様子もないてのひらに榛の視線を落として再び上げる
「私の霧になれ」
きっぱりと、すっぱりと最早勧誘の形式すら無視をして滑らせた絶対的な命令に青年が愉快そうに首を振る
ゆらゆらと横に揺れた髪は健全者を闇へ誘う触手そのものにしか見えなかった
「お断りしますよ、ドン・ボンゴレ」
「………!気が付いていたか」
「その炎で気付かれないとでも?」
思いがけない方向からの言葉に弾かれて驚きを見せた金色に、青年は明らかに異質な炎を指摘することで答える
目立つ要素にしかならない、噂になっておかしくないのだから当然知って然るべきだろうと
「ですから当然ーーこちらのこともご存知のはずですが」
悪名名高い名を、知らぬはずがなかろうと
「………そうだな」
ふっ、と
悪戯が見付かった子供のように唇を綻ばせ金色の彼ーーマフィアの新勢力であるボンゴレのボスが笑う
「D・スペード……悪魔の名を、刻む者。今世代最高峰の術士。そしてーーー」
そこで一度区切った金色の彼は、奈落めいた瞳から真意を汲み上げるようにひたと瞬きせずに見据え、継ぐ
「私達のーー敵対マフィアの者」
しんと静寂に包まれた、降り積もる雪の中に取り残されたのと同じ孤独な静けさの真ん中で
青年はその名に相応しい、D[デイモン]の笑顔をゆったりと、ゆったりと手向けた
死を告げて生を穿つ、神様のように
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