静かに深い夜の邂逅



暗い空にニヒルな歪み方をした月がぽっかりと佇む廃れた夜の刻限

静まり返った町には生き物の呼吸もなく、死に絶えたと形容するに相応しい静寂が世界を支配していた

時折吹き抜ける風の音だけがか弱い子供の引き攣れた悲鳴のように響き、さながら終焉を迎えた惑星の如く温もりがない

そんな眼下を遥か高みにある時計台の上から俯瞰していた優しげな面立ちの端麗な青年は壁に手を当てながら「さて」と呟く



「困りましたね、これは」



宵闇に馴染む藍の強い黒髪と漆黒の外套を夜風にはためかせながら眉を寄せつつ、その実とても楽しそうな口調で懐に隠し持つ銃を確かめる

口にするほど困ってはいないのだろう、とんとんと指先で壁を叩く悩ましげな仕草には余裕すら窺えた

実際青年にとって現在の状況は厄介でもなければ命の危機に陥るものでもない

死に絶えた静寂を湛える夜の町並み

その遠く、高みから見下ろす青年だからこそ見ることの出来る光景

抗争と呼ぶには銃声一つしない、喧嘩と済ますには遠目からでも荒々しさが目立ちすぎるそこ

じっと新薬を試したモルモットを観察するように眺めていた青年の唇から微かな笑い声がこぼれ落ちる



「どうやって割って入りましょうかねぇ」



常ならば赤の他人が起こした騒ぎなどに首を突っ込むなど愚の骨頂だと無視するところなのだが、争いの中心地になっている場所は寸分違わず青年が行かなければならない目的地と同じ場所だった

とは言え絶対に行かなければならないのかと言うとそういったわけでもない

どうでもいいとはっきり言い切ることは出来ないが行けば行っただけの収穫が手に入ることは確実で、だからといってわざわざ面倒事になっていると分かっていて突入するほど必要なのかと言われれば違うのも確実だ

ただ、俯瞰している青年にはそこで起こっている現象においてのみ少なからず興味があったのだ

遠目にも間近で見ているかのように伝わるあまりに一方的な蹂躙



「……………」



そして、蛍が気まぐれに飛び交うかのような明かりの乱舞夜でありながら月以外の光源で路地を点滅させる『誰か』の力



「………面白い!」



それは、そう、効果音をつけるとするならば‘とん’、とでも言うように

いっそ軽すぎるくらい軽く跳躍をして時計台から誰かの家へと物音一つ立てずに移動した青年は再び屋根を蹴って足場を変える

頼りない朧げな月明かりだけを足掛かりに目的地を目指しながら銃を片手に装備し、外套を羽根代わりに広げて蝶が舞う軽やかさを維持したまま幾度かの跳躍を繰り返す

耳元をつんざくように吹き抜けていく風よりも強く、大きく紛れてくるようになったのは殴り付ける音と不愉快な悲鳴、何かが焼け焦げる音

ある程度近づきながらも絶妙な距離を開けた背の高い屋根の上でひらりと止まった青年は遠目からではわかることのなかった、近づいたからこそ理解できる現実に薄い微笑を刻む

そこで戦っていたのは武骨な無数の影と、青年と同じように黒い外套かマントらしき物を羽織った華奢な影

大多数に対して一人、仲間連れに対して独り

けれど一方的な蹂躙を手にして独壇場を作り上げているのは他ならない華奢な体つきの影だった

非現実的ながら、どうやらちろちろと乱舞していた明かりは華奢な影の両拳と額に燈された炎だったらしい

人為的には有り得ない、何も知らない人間が見たらまず間違いなく『化け物』と形容するだろう異能の力

それを惜しみ無く振るい多数を圧倒的な力で捩じ伏せる異常なまでの強さ

銃を構えるでもなく戦いの行く末を見詰めていた青年は、ふと一息すると何気ない動作で右手を振って眼下をーー最早睥睨しながら目を細めた

振られた手に応えるように鈍い月明かりと華奢な影の炎だけが目立つ世界に突如濃度の濃い霧が立ち込める

辺り一帯を包み隠すように、或いは閉鎖的空間を創造するように

内を隠すためだけの薄く物質にもなりはしない、それが故に何よりも強固な檻となって



「!?」



戦闘スキルに優れているのだろう、瞬時に異変を察知したらしい華奢な影が飛びのくように大きく大多数から間合いを取るが、言葉にならない違和感を感じたのかばっと弾かれたようにーー見えるはずもない青年を見透かすように真っ直ぐに振り向く

時間にしてコンマ一秒と言ったところだろうか

どれほどの可能性と奇跡をひっくり返せば起こるのか、合わさった眼差しにくつりと喉を鳴らしながら、遅い。と青年は音にもならない空気の声で囁く



「ーーー!!」



今度は右手が振られることはなかった

ごう。と地面から立ち上る幾筋もの青白い炎が大多数を、華奢な影を襲う

蛍火に対する反抗からか、生まれ出るそれは焼け付く熱さよりも痺れる痛みの象徴にも似ており、青白い炎に炙られる大多数が絶叫を上げる間もなく消えていく

幻想的にも程がある、裁きと称するには死神の武器を思わせる色

やがてどれくらいの時間が経ってからか、前触れもなく顕れた炎は何の予兆もなく集束し、夜空に溶け込むように掻き消える

そんな中どうやって生き延びたと言うのだろうか、華奢な影だけがぽつりと取り残されたように、だが一切の隙も油断もなく青年のいる方を見上げて立っていた

厳しく、熱く、明確な意志を持って


「………そこに居るのだろう?」



疑問でも誰何でもない、確信の言葉

惑わされることなど知らないといいたげな落ち着いた声音は微動だにしない凪の日の空を連想させる

敵意も殺意もない「出てこい」という呼び掛けに青年はうっすらとした笑みを張り付けたまま最後の距離をゼロへと埋めた



「貴方も焼き尽くしたつもりだっだんですがね」



重力を受けた外套が不吉な鳥の翼の如く左右に広がる

移動中と同じく砂利一つずらさずに降り立った青年は、言外に無防備で短慮すぎる影に嘲笑を込めて最初の挨拶を口にした



「こんばんは。どうやら僕の代わりに一足早く戦って下さっていたようで」

「………成る程、だから炎を放ったか」

「ええ。ついでに貴方にも」


得心が言ったと頷く影に青年は毒を吐きながら優雅ににっこりと微笑みを深くする

対峙する影ーー炎に蜜色の髪をキラキラとさせた彼も物騒な言葉を気に留める気はないらしい

華奢ながらに割りと背丈のある影は、どこと無く少年らしさを残したままの『甘い』や『可愛い』などと形容されるだろう顔に冷ややかさすら感じさせられる冷静さを乗せて「そうか」とだけ相槌をし、淡々とした態度は崩さないままに一歩歩を進めた



「やっと見付けた」

「………は?」

「道理で見つからないわけだ」



場の空気を完璧に読んでいない、何の脈絡もなく突拍子な台詞に疑問符を上げた青年に、金色の髪と少年めいた面持ちの彼は炎を揺らしながらひどく当たり前のように手を差し出した

旧友に、友に、家族に、部下に、仲間にするように



「私の霧はお前だ。お前の大空も私だ。
ーー私のファミリーにならないか?」



光の髪の下、覗いていたのは果てしなく広がる青空の自由を映した瞳だった



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