泣き空の嘆きに思う





「ねぇ、ジョット」



スペードは任務がないために特別何もすることもなく、かといって天候の悪い横殴りの雨が大地をたたき付ける外を散歩する気にもなれずに訪れたジョットの部屋のソファーに遠慮なく腰掛けると名前を呼んだ

こうなっては動くまいと赤ワインとグラスを用意していたジョットは軽く振り向き、引かれたカーテンの外から零れる薄暗い光を受けた霧の守護者に黙って向かい側の席まで移動すると目の前に差し出す

藍色の両目は何を見詰めているのか

ジョットは向けられる張り付けた薄い笑みに、性格を知り見慣れればこうも胸に一物ありそうな顔にしか見えなくなるのだなと苦笑した

ざあざあと鼓膜に痛い雨が天の嘆きのように大地を穿つ

罪を洗い流すには強すぎる雨は、罪人の体を削り取るように形のない牙を磨いでいた



「僕はあなたが何をしたいのか分からなくなる」

「お前がか?冗談はやめろ」

「冗談などではありませんよ」



ジョットによって赤ワインで満たされたグラスを優雅に片手で持ち上げたスペードが口づけるようにアルコールを舐める

ジョットのあしらうような返事はどうやら気に食わなかったらしく、胡散臭い笑みが一度だけ温度を下げた



「雲と雨を一緒に任務に行かせた理由はなんですか?」

「それは………」

「ああ、先に言っておきますが連携だとかの見苦しい言い訳はやめてくださいね。相手マフィアの規模は知っていますから」

「調査済みか」

「僕を誰だとお思いで?」



当然でしょう?と首を傾けたスペードにジョットはほんの僅か、悪寒とは違った冷気を覚えて血の気が引いた

同時に物分かりが人並み優れて早いジョットは、これが雲の守護者であるアラウディがスペードを殊更嫌っている理由の一つであることを悟る

無意識の内にぞっとした

戦う力ならばジョットの方が比べる間でもなく強いのに、負けることはないが勝てる気もしない

底無しの深淵を覗き込んだような、何の感情も閃かない表情

これが唯一無二の霧だと、そう判断をしたジョットのカンは間違ってはいなかった



「………お前のことだ。私の元に来る前に調べて来ているのだろう?」



孤高の浮雲であるアラウディといい、Gは大変な思いをするなと大空であるジョットは人事のように考えながらワインを口に含んだ

一瞬前に覚えた寒気は嘘のように消えている

窓の外、アラウディと雨月が任務に赴いた場所にも激しい雨が降り注いでいるのだろう

ジョットの問いにスペードはワインをテーブルに戻してから足を組み、背もたれに身を預けると豪雨の先を見透かすように外を眺めた



「ええ、もちろん。増援を危惧してかと少し調べてみればその必要性もない組織でした」

「少しか?」

「少しですよ」



スペードの返答にジョットの金髪が揺れ、橙の瞳が観念したように閉ざされる

淡々とした面立ちに浮かぶのは困惑でも戸惑いでもない、形容し難いそれ



「今のお前には分からないさ」



紡がれたあっさりとした否定にスペードが身を起こして今日は隠されている日差しを見詰める

そっと瞼を震わせてけぶるように姿を昇らせた温もりの色は悲しげにさざ波を立てていた



「答えはくれないと言うことですか?」



何処か遠くで耳をつんざくような雷鳴が轟いた

走る稲妻の白光で照らし出された部屋に沈黙が招かれる

スペードの氷にも似た冷たい声音にジョットもグラスを置くとワインボトルを見、己の守護者に小さく微笑んだ



「いずれお前も答えにたどり着き、結論を出す。私が言う必要もない」



雷鳴がまた一つ鳴り響く

赤い液体が振動を受けて怯えたようにたわんだ



「今知りたい、と言ってもですか?」

「お前の矜持はそんなに低くない」

「おやおや……これは一本取られました。存外あなたも性格が悪い」

「いいと言った覚えはないからな」



くすくすとどちらからともなく笑い声を立て、そのまま一気にワインを煽る

光と闇と、正と邪と、善と悪と、白と黒とを見事に切り分けた対極の二人の視線が交わって固定された

スペードの人差し指がグラスを弾く



「では、あなたを殺しても?」

「………Gが聞いていたらお前が殺されているぞ」

「それは仕方ないことです」



発言には気をつけろと戯れに睨んで見せたジョットにスペードは空になったグラスを返す



「僕はまだ、あなたを認めてはいないもので」



命を狙うと言った遊び心は紛れも無い本音であり、悪意のない純粋な提案で

けろりと答えたスペードと自分のグラスにワインを注ぎ足したジョットが眉間を揉む



「だから発言には気をつけろと………」

「分かっていて連れて来たくせに」

「それはそうだが………」



勢いづく雨が天の嘆きであるならば、その悲しみは大空のものなのか

ざあざあと、ざあざあと

途切れることのない雨音にジョットは視線を後方へ投げかける

まあ、と再び差し出されたグラスを受けとったスペードは小さく呟いた



「あなたを認めたならば……プリーモ、と呼んで差し上げましょう」



その時も雨が降っていればいいと加虐心からスペードは思う

大空が望むものはそんな未来ではないのだと薄々感じ取りながら





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