赤銅はもういない






笑っている人が本当に笑っているのかなんて分からない

どんなに綺麗な笑顔でも、人は心の中までは見通せないのだから




「てめぇ、何してやがる」



誰もいない夜の片隅、星空を見上げていた骸は声の聞こえた方に首を巡らせると木にもたれていた体を起こす



「おや、誰かと思えばボンゴレの忠犬ではありませんか」

「てんめっ、」

「クフフ………」



幾千と輝いた星は見る影もなく闇に堕ち、それはまるで人の堕落を示唆するよう

含み笑う骸の左瞳よりもずっと暗く深い空色は、けれど内包される冷たさだけは持たずに生温い風を見えない腕に抱いていた

虚空高く曇りを帯びた三日月は、獄寺の銀には遠く及ばない

刃よりも輝かしく、散らばった星の鋭さよりは柔らかく

険に研ぎ澄まされた双眸に踊る感情は質問に答えなかった相手を忌ま忌ましいとばかりに見詰めて、見詰める

骸はその視線にくすぐったそうに笑うとからかうような眼差しを向けた



「珍しいですね、君から僕の元に来るなんて。独り寝が淋しかったのですか?」

「そんなガキじゃねぇーよ」

「そうですか?」

「ああ」



かつての会話ならば、果たすぞてめぇ!と叫んでいた少年も今では大人になった

時は否応なしに人を変える

すっかり冷静に育ってしまった獄寺に、骸はつまらないとため息を落とした



「君は変わりましたねぇ」



その軌跡はまるで、遠く遠い遥かな日々に生きた赤銅の男を思わせて骸の胸を温かくも苦く染め上げる

獄寺の髪がチシャ猫の三日月ならば、彼の男の髪は夜空に一つ輝く赤い星、もしくは大空の向こう側から力を振るう太陽の炎

成長する綱吉を見て、ますます似通っていく雲雀を見て抜け出してきたはずなのにと骸は獄寺から視線をそらす

遠く響く懐かしい音

いつか体験した沈黙の名前



「てめぇは、」



僅か、迷うように途切れた言葉が空中をさ迷って吸い込まれる

獄寺の中途半端に閉じられた手が掴めなかった願いに泣いたのか、そよ風にすら揺れて



「てめぇは変わらねーな」



いつまでも、いつまで経っても

長くも短くもない溜めから吐き出された言葉に骸はそっと微笑む



「そうですね………僕は変わってません」



骸が変わらない理由は二つ

変わってしまったから、あの時あの時代の魂は裏切る道しか見えなくなった

長い時の記憶があるから、人に訪れるべき変化の回数も極端に幅を広げて少なくなった

それに、どちらにせよーーーいつも置いてきぼりを喰らうのは骸なのだと、魂は言う



「その何考えてるのかわからねぇー面とかな」

「手厳しいですねぇ」



軽快に言ってのける獄寺も例外ではない

変化する周りの波に乗って行ってしまうのだ

魔レンズを傾けた時にもそうであったように、大空のためだけに突っ走って

最後の日にくれた怒りの瞳だけを鮮やかに残していくのだろう



「僕は何も企んでいませんよ?」

「信じれるか」

「信じなくとも結構」



昔々出逢った時にも似たやり取りを交わしたことを骸だけが知っている

逆に魂にのみ刻み忘れてしまった獄寺の周りを包む雰囲気だけが闇を弾いて骸を真っ直ぐに見返していた

その視線は、眠らずに明かした一日目に見付けたもので



「骸」

「……、はい」



てめぇ、ではなく名前だった事に反応が遅れれば、獄寺は至近距離まで骸に近寄るとつま先がぶつかるかぶつからないかで立ち止まった

風に運ばれたタバコの香りと香水が、骸の髪の香りと混ざり合って無に消えていく



「なんでいつも笑ってやがる」



信じて欲しいのなら笑うな、と

言外に続けた獄寺に、それでもやはり骸は笑うことしか出来なかった



「無理ですよ」



不器用でも優しい彼は受け止めてくれるかもしれない

口は悪くても面倒見のいい彼だ、側にいてくれるのかもしれない

だからこそ駄目なのだと、骸は獄寺の胸を叩く



「無理なんです」



(あなた達には記憶がないのだから)



大切なものを守るために引き換えた対価は大切なものそれ自体だった

なくした夢を追いもせず、見もしない道化に振り落とされる断罪は何処へ

笑顔の下に全てを封じ、終わりなき罪に欺瞞を囁く



その笑顔をいけ好かないと言った、赤銅の男はもういない





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