張り巡らせる思考は
お前にもいつかは分かるーーーそんな顔をして笑った青年に覚えたのはほんの僅かな殺気と苛立ち
仮眠と呼ぶには長く、睡眠と呼ぶには非常に短い眠りから目覚めたスペードはベッドから立ち上がるとカーテンを開け、さんさんと差し込む日差しから逃れるようにクローゼットに向かう
中に入ってある服はスペードが着用していた物に合わせて選んだらしく、どれも似たデザインの形をしていた
スペードは中に着るインナーとジャケット、機能的なズボンを適当に選ぶと身につけて爪先で床を叩く
数秒前まで寝ていたとは思えない眼差しは思案を映して光彩が煌めいていた
「雲と雨の任務、ですか………」
んー、と額に人差し指を当てて考え込む内容はボスたる彼から奪い取って見た任務について
どちらもスペードが話したことがある人物なので人柄とだいたいの実力、思考や姿勢は会話及び雰囲気から察してはいる
故の考察だ
スペードは寝る時も肌身離さずつけていた魔レンズを下ろした指先でつまみ上げながら、大空の意図を計りかねて、また分からない自分に首を傾げながらもベッドに腰掛ける
「相性は恐らく悪くはないでしょうが……朝利雨月の甘さはアラウディには邪魔でしょうに」
しかもあの二人は卑怯な手段を嫌う傾向にありそうだ
任務先で性格の中和をしても意味がないしどちらかが歯止め係りといった考えも人物が人物なだけに有り得ない
ジョットの髪よりも明るく薄い陽光が机にかかるのを感慨もなく眺めながら、ああ、日に焼けて紙が黄ばむと思いつつもスペードの足は動かなかった
それだけどうでもいいはずの任務内容が引っ掛かる
スペードがざっと斜め読みで目を通した限りではこれといって変わった要素の見当たらない悪徳マフィアの殲滅、つまり雨月若しくはアラウディ一人でも事足りるもの
念には念をと言うには戦力が強すぎ、かといってジョットが相手の力を見極めていないという見解も却下する
ファミリーにこだわりのないスペードもその程度の相手に膝を折ったつもりはない
「(連携の練習をするにも相手が弱すぎる上に雲の彼はそれ自体を嫌がるはず。となると増援を危惧して、でしょうか)」
可能性がないとは言い切れないと一先ず納得のいく解答を弾き出したスペードは立ち上がって開けたばかりのカーテンを閉めた
日差しで温度が上がっていた室内に独特の冷えが一瞬襲い掛かる
スペードの有する情報では殲滅対象のファミリーが何処か特定のファミリーと懇意にしているという噂は聞いたことがない
逆に繋がりがないわけでもないらしく、つかず離れずの利害関係はあったはずだ
ボンゴレを敵に回す覚悟まであって援護するのかはともかくも、あの甘く気味が悪いほどに裏もなく優しいボスならばない話ではない
スペードとしては最悪を考えすぎている気もするが一番マシな予想がこれだ
案外右腕と呼びたくはない彼の意見かも知れないがと机の上にあったペンを上着の内ポケットに入れて部屋を出る
室内よりもひんやりとした廊下に漂っている空気を深く吸い込み、視界の端にちらりと過ぎった影に気がついて視線を送る
どうやら向こう側もスペードに気が付いたらしい、こちらに視線を向けると笑顔と仏頂面という正反対の対応を返してきた
「朝利雨月にG、おはようございます」
「おはようでござるな、スペード殿」
「……おはようっつー時間じゃねぇだろ」
「それはすみません」
スペードのせいで任務が果たせなかったことをまだ根に持っているのか、別れた後と変わりない態度に飄々と答えながらも雨月の笑顔に注意深く盗み見る
任務にどのような理由があれこの男は何も知らされてはいないだろうというのがスペードの考えだが、やはり何も知らされていないか気にもしていないのか
追い出された確執も持たない態度に彼の甘さの物差しを計りつつ、呑気な笑顔に毒気を抜かれそうになりながらも薄い微笑を返す
「んー、お二方のお話を邪魔してしまいましたか?」
「ただの世間話だったので気になさる必要はないでござるよ」
「そうですか?」
「………なんでそこで俺を見るんだてめぇは」
「いえ、深い意味はないですが……」
一人淋しそうにしていたものでつい、と言ったスペードを物凄い形相で振り返ったGが澄ました顔を睨みながら首を絞めそうな勢いで怒鳴りつける
「馬鹿にしてんのかてめぇは!」
「いえいえ、純粋なる善意ですよ。人聞きの悪い」
「純粋なる善意をその口で語るな!人聞きが悪いも何も自分がやって来たこと省みていいやがれ!!」
はぁ、と大袈裟なため息を吐いたスペードに怒りながらもGが律儀に突っ込んでいればぽんぽんと肩を叩かれる
柄も悪く向けられた赤銅色に何故か何処までも真剣な色を宿した雨月は黒の双眸を細めると謝るように深々と頭を下げた
気のせいが烏帽子も力無く垂れ下がり
「すまなかった、今度からは淋しい思いをさせないように気をつけるで許して欲しいでござるよ」
「ってめぇも勘違いしてんじゃねぇ!!この状況見て他に何か言うことねぇのか!?」
「他………?」
ちらっと黒い瞳の視線がスペードに行き、Gに戻り、また笑いを湛えたままのスペードに行く
簡略的な狩り衣に包まれた腕を組んで本気で悩んでいた雨月は再びGを見るとぽんと手を叩き晴れやかな顔になった
その間に視線は再びスペードに移される
「スペード殿」
「僕、ですか?」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかったスペードが髪を揺らして驚けば、そうでござるよ。とニコニコとした悪意のない答えが返ってきて
「本当のことでももう少し婉曲的に伝えなければGは恥ずかしがり屋なので怒鳴られるだけでござるよ」
「は………?」
「根も葉も無いこと言ってんじゃねぇよ雨月ーっ!!」
予想外というか、天然の域を越えているというか
想像とは全く違う窘めにスペードが意表を突かれて目を瞬けば、鼓膜が割れそうな大声でGが怒気を噴出する
この二人、仲が悪いわけではなさそうだが格別良くもないらしい
一方的に雨月の発言に躍らされているGをまじまじと眺めながら、彼が右腕だというのは考え直した方がいいと言ったスペード自身の言葉が蘇る
スペードには珍しくあの発言には嘘も偽りも惑わしも含まずに、蜜色の眩しい髪色を持つジョットに真っ直ぐに意見を伝えていた
こういった関係もあるのだと宣ったボスの意見を認めるわけではないが、いささかの不安がスペードの中に浮上する
「(ボンゴレにG以上の常識人はいるのでしょうか)」
いないのならば彼が適任なのは間違いがないが、それもどうだろうか
自分が発端なことは棚に上げて静観を決め込みながら失礼な考えに耽るスペードは壁に背を預けると言い争う二人を視界に入れないように目を閉じる
どうして自分はこんなにもボンゴレのために考えを巡らせているのだろうかと今更ながらに呆れ果てていた
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