双葉の光と闇に爆ぜ
D・スペードが噂の元凶である魔レンズを持ち帰ったーーーその情報はすぐにボンゴレの全員に知れ渡ることとなり、しかも夜に勝手に抜け出して取りに行っていたらしいという「本当にあいつで大丈夫なのか」という嘆願書などが山ほどボスの書斎に届けられジョットの頭を悩ませた
当の本人を呼び出して窘めようとしてもジョットが何かを言う前にそれはそれは素晴らしい笑顔で「僕はあなたの命令を聞く駒ではないもので。忠犬がほしかったわけではないのでしょう?それに魔レンズは役に立ちますよ」とすっぱり切り捨てられた
何か言うならボンゴレを抜ける、と目で語るスペードにジョットは何を言っても聞くまいとアラウディ以来の自由奔放さにこれからの苦労を思う
因みにその間、頼りになるはずのGはもう知るかと言った顔でそっぽを向いていた
「お前、一体何をしたんだ?」
あのGがあれ程までに怒るのも珍しい
嘆願書をげっそりとした顔で机の脇に避けながらジョットが尋ねれば、スペードは魔レンズを弄んでいた手を降ろすと首を傾けて「さあ?」と口の端を緩める
悪意がないだけにGが見れば腹を立てそうな表情だ
頬を引き攣らせたジョットを目の前にしながらも思うところは一切ないらしい、スペードが一歩机に近付くと眩しいといいたげに開けられたカーテンを眺めてから視線を戻す
「ふざけて魔レンズを向けようとはしましたけど彼も僕に銃を構えていましたし」
「………貴様ら、何をやっていたんだ?」
「結局僕について来たためにあなたに任された任務は遂行出来なかったわけですが」
「おい」
「ああ、それとも最後の質問ですかね?」
聞き捨てならない台詞にジョットがツッコむも華麗に無視して飄々と宣ったスペードが意地の悪い顔をして興味を誘うように甘く妖しく口にする
ジョットから話をそらさせるために、ジョット自身から説教するという時間を奪うために
尋ねては、聞き返しては相手の思う壷だとは若いボスにも分かっていたが、だからといって無理矢理に説教に話を戻せば彼はもう二度と話そうとはしないだろう
「最後の質問?」とジョットが昨夜し終わらなかった書類を片手に説教を諦めてお望み通りの返事をしてやれば、ひょいとその手から書類奪ってスペードが至極嬉しそうにひらひらと紙を振った
「いえ、ジョットの選んだ守護者は自分自身の考えがどうあれ、最後にはあなたの意志に沿うようにしているのですからきちんとボスを理解しているなと言う話です」
「答えになっていないぞ、スペード。それから書類を返せ、期限が切れる」
「おや、アラウディと朝利雨月……雲と雨宛てですか」
「スペード!」
怒鳴るわけでもなく語気を強めたジョットに「はいはい」とスペードはいい加減な返事をしながら目を通していた任務命令の作成書を机に置く
そのまま机に片手をつき、斜め上からジョットの金髪と榛の双眸を見下ろして蠱惑的にうっそりと目を細める
企みを馳せたように、藍の瞳が深く冥い透明さで歪んだ
冷たい火花が閃光のように弾けて消える
「嵐の守護者Gーーー彼は幼なじみであなたの右腕ですね、ジョット」
「ああ。それがどうかしたのか?」
話の関連性がジョットには見えないが、類い稀なる直感は関係のある話なのだと囁く
怪訝に眉を曇らせて書類にペンを入れようとしたジョットに、スペードは空いていた手を伸ばすと長い前髪をすくいげた
弾かれたように驚愕して榛の瞳が上げられれば、その動きを待っていたように紅い舌が唇を舐めて、言葉を紡ぐ
「僕は彼に魔レンズを向けて、彼は僕に銃を構えました。当然の反応です、全くもって悪くない。そして言った。魔レンズを下げろと」
「スペード?」
「単刀直入に言いますよ、ジョット」
金糸が細く白い指からこぼれ落ちる
はらはらとジョットの視界に影を作る前髪の向こう側でスペードが机から離れるのが分かった
部下が立つべき位置に戻ったのだろう
ひどく嫌な予感がしてペンを手放したジョットの耳に、さらりと絶望を口ずさむ憎たらしいくらい落ち着いている温和な声が響いた
「彼を、Gを右腕にするのはやめなさい」
ひんやりと部屋の温度が下がる
異変が外まで漏れたのか鳥の羽ばたきを背景にジョットの顔から表情が消え、かたりと音を立てて立ち上がるとスペードの胸倉に手を伸ばして引き寄せた
ジョットの榛に散ったのは怒りという名の光彩
逆にスペードの瞳に爆ぜたのは、名前のない冷えた感情
右腕から外しなさい。と怯えることなく間近の瞳に続けたスペードにジョットは力を強め、静かな怒りを吐き出す
「口を慎め。いくら私でも庇いきれない発言もある」
「庇ってくれなど頼んでませんよ。それにあなたのための進言です」
「私の?」
「ええ、あなたの。僕は、私はあなたの守護者ですから」
雲に太陽が隠されて室内がほんのりと影を帯びる
胸倉を掴まれているにも関わらず一向に苦しがる様子も見せない霧の発言に大空が手を離す
じっとスペードに据えられた温かな榛は揺れることがなく、怒りは根に残ってはいたが嘘も見受けられなくてため息を吐きながら責任座った
スペード、と
短く名前だけを呼んで黙ってしまったボスにスペードが服のシワを直してから向き直れば、どうしようもない時に浮かべてしまいがちな、困ったように幼く笑うジョットがいた
「Gは右腕から外せない。お前の言いたいことはわかる。右腕はボスの意志に沿い意見を尊重するべきではあるが危険となれば全てを退けなければいけない。例えそれがお前から魔レンズを奪うことになっても。取り上げることで、私がいてほしいと望むお前がいなくなろうとも危険性を優先するべきだった。だろう?」
違うか、とジョットが問えばスペードは両手を広げて上げるとやれやれと言うように肩を竦めた
「………幼なじみの思考が僅かでも入るのならばそれは右腕とは言いません。右腕はボスを甘やかす存在ではないからです」
「だが、私はこれでいい。こういう関係もあるのだと分かって欲しいんだ」
「無理ですね。善処も出来ません」
吐き捨てるようにスペードはにっこりと即答をすると伸ばされたジョットの手をたたき落とした
甘ったれるなと訴える瞳に、けれどジョットは傷付いた顔一つせずに微笑む
その笑顔に目を伏せたスペードに宿ったのはもどかしさと苛立ちと少しの落胆と、分からない何か
ジョットはたたき落とされた手をスペードまで伸ばし直すと腕をポンポンと叩き、情を挟まない霧に、厚い幾つもの層を張り巡らせた守護者に温もりを与える
いつか暗闇と合理の中に潜む彼に光が届くと信じながら
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