見えない黙殺の答え
どういった原理で出来ているのかと、昔気まぐれに所属していたファミリーに怯えた眼差しで聞かれたことがあった
物騒な噂が絶えないスペードの中でも最も恐怖される‘魔レンズ’
尋ねられたスペードは常にゆるりとした微笑を浮かべてはぐらかすか佇むだけだった
「それがーーー魔レンズか?」
「はい。正真正銘魔レンズですよ」
凝った飾りも繊細なレリーフもない、何処か禍々しさを覚えるデザインのレンズ
一見何の変哲もない、普通の代物
僅かに緊張と緊迫感を高めながら確認してきたGにスペードは数多の敵の弱点をさらけ出してきた武器を面白半分に翳すと睦言を甘ったるく囁く乙女のように言った
「お望みとあらば試して差し上げましょうか?貴方自身で魔レンズの効力を」
「っな、てめぇ………!」
「君なら何時でも大歓迎ですよ」
殺し甲斐がありそうだと、ああでも海に浮かべるのは大変そうですねと近づいてきたスペードにGの目が鋭く光る
その言葉は謀反でもあり裏切りだ
真偽が何処にあれジョット暗殺を企てていると解釈をされても何ら不思議でない発言だ
窓のない部屋に起こるはずもない風が吹いているのはスペードの幻術か
どちらにせよ、己らが仰ぐジョットですら見抜くのを一瞬躊躇う術士の幻術をGが見破るのはほとんど不可能だと戯れを口にする守護者を睨み据える
魔レンズを手にしたまま微笑みを絶やさない霧に、やはり信ずるに値しない人間だとGも銃を持ち上げて安全装置を外した
「魔レンズを下ろせ、D・スペード。てめぇがあいつの霧と名乗るなら下げろ」
「んー、怖いですねぇ。命令は好きではないのですが」
「はっ、白々しい。これから幾らだってあいつに命令されると分かっていて膝を折ったんだろうが」
「それもそうでした」
にっこりと見た目はナックルの属する宗教の聖母像のように、中身は窺い知れぬ狡猾さを隠して
言葉だけなら怯えたように、口調だけなら素晴らしく立派な騎士のように宣ったGの言い分に対しておかしげに目元を和ませたスペードは、肩飾りのついた外套を引っ張るようにしてから赤い胸元に魔レンズが落とす
女性ならば惑わされ目的を忘れるだろう微笑みもGにとっては空々しく虚しいものでしかない
薄暗い、廊下からは芳香さえ追い掛けてくる部屋の中で頭のキレる獣を前にゆっくりとGも銃を下げる
アラウディとはまた違った危険性のある守護者だ
あの幼なじみはどうしてこうも問題のある奴らばかり連れて帰ってくれるのだと、炎みたいだと例えられたこともある赤銅の頭をかく
スペードやアラウディだけではない、ナックルもそうだった
もう拳を振るわないと決めた元ボクシング選手に幹部の一角を担わせるなど正気の沙汰ではなかったし、地主息子のランポウにしたって了承は取ったのかと言えば笑ってごまかされる
朝利雨月にしても言語の壁があった
アラウディは性格自体が向いているとはお世辞にも、嘘でもいえなくて
それでもやはり極めつけはこいつなのだと‘最悪’よりも‘災厄’の似合うスペードの涼しげな顔に舌を打つ
幻術の風で暇つぶしを行う姿だけを見るならば人畜無害に見えなくもないのだから忌ま忌ましい
Gにとってのスペードの闇は気付いてからでは遅い、発症してから害があることを知らされる遅効性の毒薬に似ていた
身動きが出来なくなって初めて思い知らされる絶望に酷似している
Gの幼なじみでありボスである彼は「鈴蘭に似ているだろう?」と笑っていたがそんなに美しい花では済まされない
まるで虫の擬態だと踵を返す
「帰るぞ」
「仰せのままに」
二人分の呼吸と足音と気配以外は何もなくなった廊下に、来た時には気がつかなかった血痕の後が点々と目についた
Gの髪色よりも、どちらかと言えばスペードなどの寒色系に変色した生々しい戦いの残り傷
仰々しいスペードの道化じみた台詞を物悲しく反響させながら、さながら黄泉路のようだと唇の端が釣り上がる
背中に預けているのは友愛でも信愛でもない、敢えて言うなれば利害の一致、利潤の交差だ
二人の間にあるのは月すらも忌むかの如く醜い人間の業そのものと言っていい
優しさを忘れた世界に広がって眠りについたしがない鎮魂歌、それのみがある程度の掠りを見せているのか
「屋敷に戻る頃には完璧に夜が明けてしまいますね」
ほう。とスペードの吐息がなまめかしく静寂を揺らす
Gが本来果たすはずだった任務はどうやらお預けになってしまったらしい、赤の眼差しが後ろで目覚めを楽しむスペードに食ってかからんばかりの眼光で一瞥した
元が暗めの色だからか、悠々と染まりつつある空にはGの髪は馴染むようで馴染まず存在を主張する一方、反して月明かりにこそ映えるスペードの髪はほんの少し輝きを鈍らせたようだった
相容れない二人を嘲笑うかのように、何処までも関わらないで
明るいというには物足りない明暗の下で黒と白が言葉もなく歩く
来た時とは違い足取りも並の速度で焦った様子もなく、故に風に流されて気をつけ泣ければわからなくなった血の臭いが滲むように染み出してくる
建物の表面だけは何かで焙られたのか、別の損傷を出していた
「ーーー嵐の守護者」
「あ゛?」
「一つ聞いてもいいですか」
ふっつりと、糸が切れたように
打って変わって含みを持たなくなった平淡な呼び掛けにガラも悪くGが立ち止まればスペードも歩みを止めたらしく追い越さないまま朝を迎えつつある世界で「G」と短い名前を短く呼ぶ
「貴方は何故、魔レンズを取り上げようとしなかったのです」
赤銅の瞳には恐怖こそなかったが、不吉な噂しか聞かない武器に対する警戒だけはそこらのマフィア顔負けにあったのだ
にも関わらず彼は「下げろ」と要求しただけでスペードから取り上げようとする動きは見せなかった
ジョットや朝利雨月の甘さとは違う、言い知れぬ不器用さ
要求に応えたからと言って今後もスペードが向けないという保障はないのにつくづく愚かな判断である
信頼や信用が生まれているのなら愚問でしかないが、Gという人間がそのようなものをスペードに持つとは考えにくい
問われたGも自らの矛盾に気付き、手持ち無沙汰になっていたてのひらが握られる
「………渡せっつって、渡す玉じゃねぇだろ」
「ですが貴方はドン・ボンゴレの名を出して脅しました。そこまで頭が回り口にすることのできる貴方です、取り上げる時にすら躊躇なく申せたはず」
本能で悟っていたのかは知らないが下ろせとだけ求めたG
まあ、と一向に返ってこない返事に飽きたようにスペードは空を仰ぐと一人ごちる
「渡せと言われていたら貴方を殺して逃げていたでしょうが」
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