因果の旋律に依る詞
白い迷宮が廻る、死を呼ぶ透明な紫の揚羽蝶が冷たい石畳の中を舞う
太陽と月の涙が落ちることのない孤独な世界に映し出された鏡から目をそらさずに、けれど儚い光景に降る雪を受け止めることは出来なかった
スペードはGを連れて目的地を目指しながら己の心を浮かび上がらせていた
果てしない願いを音もなく積もらせ募らせたまま大人になり、夢幻のそれを昇華する術は未だ分からない
琥珀色の石のように透き通りつつも曖昧に色を持つ、絶えない願い
「………てめぇは、何故」
「そこまでして向かうのか、ですか?」
スペードは自らが闇夜や身に纏う衣の如き黒さであることを知っている
そして限りなく白であることも知っている
Gの問いを遮りながら角を曲がり、喋るために速度を少し落としてからスペードは視線だけ一秒間向けると己の胸元に落とした
上着や派手な色合いのシャツだというにも関わらず飾り気のないそこ
「んー、何。少々大切なものを預けたままで」
「ーーーは?」
「暇潰しに興じた遊戯の回収ですよ」
死に絶えた夜を明かす灼熱の太陽が地上を炙るように、星が巡り天道を示すように、例えそれが気まぐれや退屈しのぎで手放されたものでも元の場所に、スペードの手元に戻らなければならないもの
また、スペードにとっても有らなければならないもの
「遊戯なら自業自得だろ」
「確かに一理ある。ですが、僕の手元になくても構いませんが他の者に手にされては厄介ですし不愉快です。元々は僕のものですしね」
「ガキが」
「それは失礼」
ついて来る貴方も相当ガキでしょうに物好きな、とは返さなかった
冷たく吐き捨てるGにスペードは軽く謝りながらスピードを元に戻すと近くにあった廃棄箱を足掛かりにして身軽に屋根の上に飛び上がる
そこは流石と褒めるべきだろう、僅かに遅れながらも危なげなくGが続いて飛び上がった
スペードの羽織る外套とは正反対の色をした真っ白なシャツが風を受けて膨らんで、引き締まった腹筋が一瞬だけ垣間見える
「(会議の場で下手な動きをしなかったのは正解でしたね)」
でなければたやすく殺されていただろう
獰猛な獣がか弱く小さな命を狩るのにわざわざ爪を磨がない原理と同じくらいの簡単さで
華奢な人物が多かったがGでこれなのだ、幻術や逃走スキルがいかに優れているとはいえ敵うわけがない
或いは晴の守護者のような体躯を持っているならばいざしらず、スペードの細身では万が一の可能性もない
「(また、或いは………)」
幾つの屋根を飛び越えたのか
丁度ジョットを見下ろした位置まで来るとスペードは膝に力を入れて遠くへ遠くへと飛び降りた
砂粒一つ乱れることのない、音も立てない身軽さにGが目を見張っていることにも気が付かないでスペードは圧倒的な暴力にして炎舞の披露された道を真っ直ぐに突き進むとある一つの扉を乱暴に開け放つ
丁寧な言葉遣いと本性を知れば嘲笑っているようにしか見えない紳士的な態度に似合わない粗野な仕草
何度もこの場所に来たことがあるというように迷いなく、私と貴方との仲なのですからとささめくように躊躇いなく
「嵐の守護者。貴方は私に関してどれ程の情報を有していますか?」
「あ?」
何処かに古い樽漬けにされたワインでもあるのだろうか、独特な香りの支配する通路を歩きながらスペードに振られた理解しかねる質問にGは眉を寄せる
「今更聞くのか?」
「ええ」
何気なさに隠された意図を読み取ろうと一瞥させた赤銅に浮かぶのは紛れも無い不可解さ
Gの試す口ぶりにもスペードは至極あっさりと頷きながら警戒を張り巡らせることもなく仮にも「認めない」「今は殺さない」と言っている形だけの仲間に背中を見せていた
舐めているのか、馬鹿にしているのか、よっぽど強いのか
どれにしろ気に食わないことには違いないと、何の気配もしないが念のため右手に銃を取り出しながらGは斜め後ろについて歩きながらスペードの後頭部を睨む
睨み、まるで書類を読むように淡々と低い声で紡いだ
「D・スペード。出生及び年齢は不明、悪事を厭わず非道に手を染めた件は数多い。非情かつ卑怯とも取れる手段で幾つかのマフィアを潰す。基本的に合理主義者であるが目的のためならば手段を選ばない」
「他には?」
「……高度な術を操るも前線に出ることはまずない。諜報活動に優れ、頭脳が高い」
「他には?」
「てめぇ………何が言いたい?」
ふざけてんのか、と口調とは逆にひどく冷静に尋ねてくるGに「滅相もない」と返しながらスペードは立ち止まった
薄く笑んだその眼差しは目の前の扉を見、Gを見ると「他には?」と誘惑を囁くように形のいい唇が口ずさむ
得たい答えを貴方は口にしていない、と語る三日月の双眸にGは入れ墨を入れた方の顔だけを器用に歪め、汚らわしいと、忌ま忌ましいと言わんばかりにきつく言い捨てた
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「己が属していたファミリーを滅ぼす。
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またその前日にある武器を見た者は次の日・・・・・・・・・・・・・・・・・・
に例外なく惨たらしく海に浮かんでいた」
「正解です」
よく出来ましたといいたげにスペードの頬が緩む
出来の悪い子供の成長を喜ぶようにあどけなく、かつ狂気じみた横顔で扉を厳かに開いた
「最も正確に言うならばその武器ごしに僕が見つめた者達は、ですけれど」
スペードが迎えに来たのは死を呼ぶ蝶だった
Gの疑問符を上げる声には振り返らずにスペードは窓のない一室の中央に据えられた机の上にある箱を開けると中身を取り出し、ほんの少し眺めてから首にかける
持ち手のついた、丸いレンズの嵌められた武器になりそうにもない武器
「ーーー僕はこの武器を魔レンズと呼んでいます」
白い迷宮、スペードの心
紫の蝶、死を呼ぶ魔レンズ
それは解け消えない因果の旋律にも似た繋がりであり、スペードの闇を象徴するものでもあった
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