ただ名前を呼んで






静かな空間が揺れ、風のない密室で書類が舞った

特に驚いた様子もなく椅子に座ったまま視線を上げた雲雀は「骸?」と名前を呼ぶ



「いるんでしょ、骸」



煽られた景色には何が映されていたのか

濃く立ち込める霧の中から食えない笑顔とともに現れた青年に雲雀はペンを置くと立ち上がる

自身よりも高い位置にあるオッドアイの眼差しを見返す双眸は冷たく、けれど何処か穏やかだった

骸。と呼ぶ声が再び木霊して、普段はトンファーを握る手がその頬に触れる

優しさなんて微塵も感じさせない声には、けれど労るような響きがあった



「骸」

「はい」

「むくろ………」

「はい」



何をしにきたの、なんて質問はこぼれ落ちなかった

まるで愚かしい問いだとでも言うように、ただ雲雀は彼の名前を呼び続ける

名前以外の言葉は知らないと、ひたすらにその単語だけを繰り返す

それが六道骸の望みだと、雲雀は知っていたから



「骸、骸」

「はい、雲雀君」

「骸」



大丈夫、とは言わない

理由も知らず、理由も告げない骸の時たま訪れる不安定さ

いつからか、日頃のしぶとさはどうしたのか、突き放せば呆気なく壊れてしまうガラス細工の雰囲気を纏い雲雀に会いに来るようになった

甘える場所として、雲雀に会いに来る骸

初めは面倒にしか感じていなかった雲雀も触れた頬の冷たさに、彼が何かに怯え、恐れていることを悟った時から苛立ちが消えて受け入れるようになった



「ごめんなさい、雲雀君。すみません、ーーー」



続けられる音にならない名前を雲雀は知らない

何に対する讒言かも知らないまま、雲雀はただただ受け止める



「骸、」



憔悴した、彼の名前を口ずさみながら





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