廻り始める、最初の憎悪
『裏切り者』
そっと囁いた声
後ろから先まで追い掛けてくる声
『裏切り者』
吹き荒れて道を作る嵐よりも
見返りを求めず恵みを与える雨よりも
どんな困難も打ち負かす晴よりも
全てを引き受ける軸の雷よりも
何者にも何事にも囚われない浮雲よりも
無を有に有を無にする霧よりも
ずっとずっとそれらしかった人
ずっとずっと、そうだった人
「……Arrivederci」
ぱたぱたと、落ちる雫
どんよりと曇った空から降り懸かるそれに青年は薄く笑って瞳を閉じた
宿っていたのは憎しみか、恨みか、殺意か………怨嗟か
「この身は霧……彼の人を守る、一人。そして捨て駒」
かつて胸にあったはずの仄かな想いはあの日に粉々に砕け散ってしまった
青年のてのひらには何も残ってはいない
愛惜は哀惜に変わり、憎悪へ転じた
甘く蠱惑的に緩められた唇に浮かぶのは紛れも無い冷笑
目元には彼岸を覗いた深い奈落と闇を馳せて、青年は翼を広げるように上着を靡かせながら見納めとばかりに後方を一瞥した
「さて、何処に行きましょうか……」
広い空は何処までも広がっていて、雄大に広大で
冷たい微笑と眼差しをした青年は一見すると冷酷な、しかしともすれば今にも泣きそうな顔をして両手を握り締める
「(………行く宛なんて何処にも、ない)」
吹き荒れて道を作る嵐よりも
見返りを求めず恵みを与える雨よりも
どんな困難も打ち負かす晴よりも
全てを引き受ける軸の雷よりも
何者にも何事にも囚われない浮雲よりも
無を有に有を無にする霧よりも
ずっとずっとそれらしかった人
その身に天候を秘めていた唯一の大空
霧である青年に居場所を与えて守護者を命じた彼の人は、けれど背負っていたものを一つ余さず後継者に渡して、しがらみにしかならない情に纏わるモノも切り捨てて去ってしまった大空に見放された天候に、大空がなければ姿すら浮かび上がらない霧はもう……独りきり、どうしようもない
「…………」
風が吹く、強く嵐となって
肌を叩く雨のなんと強いことだろう
稲妻を走らせて轟く雷の怒りは強い
空を渦巻く暗雲は闇へと己を追い立てて
明日にはきっと、捜索に相応しく晴れる
そこには身震いするほど美しい大空
………その輪の中に、霧はーーいない
「(始まりへ戻っただけです)」
捜索は近くまで来ているのだろう、騒がしくなってきた気配に青年は一つため息を吐き出すと身を翻して歩きだす
思い出を、記憶を、心を置いていくように
こうして後に歴代最強と謡われるようになるVongolaT世に仕え彼の《霧の守護者》を勤めた青年はボスが世襲して数週間後に姿を消した
その心中を知る者は仲間を含め、いない
Vongolaに関する最高機密の情報を頭脳に秘めていなくなった彼を人は『裏切り者』というーーー
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