孕まれる純粋な遊戯
浮かんでは消える自分自身すら知らない泡沫を探す
やがては見えなくなる有限をさ迷いながら
消えない願いは執着にも近い歪みを抱えたままスペードの体内で渦巻いていた
「………眠れませんね」
ごろりと寝返りを打ったスペードは起き上がると幻覚の剣を作り出して床に突き刺す
それに背を預けるとやっと安心感を得られてため息を吐き出した
温かな柔らかさよりも凍てついた空間や武器に身を任せた方が落ち着くと言うのも奇妙なもので、その奇妙さこそが彼の生きてきた経歴を物語る
開けっ放しの窓から見遣る夜空は虚無の虚しさを湛えるだけでスペードは小さく笑った
ジョットや守護者達には見せないーーーそんな笑顔
触れられない鏡の向こう側に存在する、そこに居るのに実体には手が届かない表情で長い一日を夢見るかのようだった
「(んー、それにしてもおかしな勧誘のせいで予定が狂ってしまいました。そうですねぇ、明日か明後日辺りにでもあの場所に戻りますか)」
遠い、昔の祈りが沸き上がる
スペードは瞼を震わせながら閉じると興奮のためか熱っぽい息を細く解放し、結局は果たせず仕舞いの目的にスケジュールを立て直しながら床に手を投げ出す
橙色の炎に惹かれたかどうかは別としてついて来たことに後悔はなかったが、目的を投げ出して置いてきぼりにしてしまった件については多少後ろ髪が引かれる
しつこかったとは言え明日にでも窺うと、だから今日は別れましょうと一度てのひらを離すべきだった
ジョットのファミリーが簡単に自分一人を出してくれる訳がないのだから
「(朝利雨月は分かりませんけれど)」
こんなスペードの心配をして部屋までやって来た和服の青年を思い出して苦笑し、微かな気配の動きを感じて窓へと目をやった
夜遅く、ご苦労なことに見回りか、はたまた急ぎの任務か
雨月のように部屋に押しかけられても厄介なので誰のものかを慎重に探りながら行き先を予想して辿れば門の方、またスペードが一度接触している気配ーーー会議の時にも触れた覚えがあるものだった
相手には感づかれないよう意識を極力研ぎ澄ませたスペードは幻覚の剣を消すと立ち上がり、気配が誰なのかを知ると外套に手を伸ばして口端を持ち上げる
にやりと表現するには妖艶で、にっこりと言うには悪意の有りすぎる笑み
「んー、やっぱり今日向かってしまいましょうか。反感を買って行くのも面白いですがーーー君が、動くのなら」
羽織られた外套が羽ばたきを待つ翼のように波打ってスペードを包む
漆黒に織られた羽は暗鬱とした色でありながら狂気を感じさせはしない
逡巡することもなく窓枠に足をかけたスペードは先程まで眠りにつこうとしていた人間とは思えない動きで外の世界に身を踊らせた
ばさりと存外大きく翼を打った外套を草木に掠めさせることもなく自由自在に操りながら気配を完璧に殺して疾駆する
元々スペード自身が闇に身を潜ませる役割に適しているためか恐ろしいほどに物音も立てなければスピードが落ちることもない
ただ、スペードは駆けた
信じてくれとは頼んでないと言った言葉通り、疑いを深めるばかりの行動を楽しむだけに移して
スペードは微笑う
嗤うのではなく微笑う
冷たい闇を育てたらこうなるのではないかと思わせる凍えた煌めきを双眸に閃かせて
終わりそうにない書類を一枚でも多く片付けるために執務についていたジョットはペンを握る手を止めると背後の窓を振り返る
「………スペード?」
掠れた囁きは疑問を含み、長い前髪の間からふと覗いた眼差しが不安に揺れた
鋭い直感が任務を命じた者とは違う、居るはずなのに感じることのできない気配もない存在を告げていた
ジョットにしては落ち着きのない動きで椅子から離れ、惑いながらも伸ばした手が窓を開けて焼けるような焦燥が夜の空気に曝される
「…………」
少しの躊躇い
榛の瞳をぎゅっとつむったジョットはーーーけれど意を決するよりも早く、ノックもなしに開けられた扉によって外に出ることは叶わなかった
「話がある」
「ーーーアラウディ、」
「どうしても納得がいかなくてね」
覚悟はいいかい?と唇を動かした、アラウディの手の延長線上にある最新型の銃はロックを解かれた状態でジョットの額に当てられていた
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