許諾の真髄は幻影に




曇った夜空の下に淡い光が雨に濡れそぼりながらも存在を主張していた

淡い淡い、ジョットよりも淡く柔らかなのに暖かくない色

その下に獣の牙の如く尖った明るくも冷たい色の眼差しが危険な輝きを宿し、射殺すとばかりに睨みつけられたのはいつだったか

突然の登場にぽかんと固まるかと思いきや全員が全員(ジョット除く)戦闘体勢に構えたのを見てスペードはくるくると回していた銃を止め「何もしませんよ」と得体のしれない笑みを閃かせてから誰にも向けずに下ろした

条件反射にしてもいい反応をしている彼ら全員を殺すとなるとスペード自身重傷を覚悟しなければならない

特にと一番初めに戦闘体勢に入った窓際の青年に気を配る



「(彼一人でも面倒ですし)」



忘れるわけがない、雨の夜に一度出会った獣の青年

あの時ほど逃走に気力体力知力を使ったことはなかった

人と馴れ合うことを嫌う彼も守護者の一人だったのかと今更ながらにジョットの手腕に感心しながら額を押さえる新しい主を見遣る

頭が痛い、お前何してくれたんだ、勝手に抜け出すなと言っただろうーーースペードに読み取れる感情はこの三つくらいだ

外で聞いていた時からわかっていたことだが、敵意丸出しな守護者達にどうやら本当にジョットの説得は上手くいっていないらしく疲れた顔をしている

スペードのせいで疲労が色濃くなったとも言えるがそれはそれ、お得意の喰えない態度で一礼、頬を引き攣らせたり眉間にシワを寄せたりと忙しい相手に悠々と頭を下げた

不思議とこれっぽっちの萎縮も礼儀正しさもない、形だけのなぞりで



「初めまして、ボンゴレの皆様。この度彼の‘霧’に選ばれたD・スペードと申します」



以後おみしりおきをーーー滑らかにスペードがそう続けるよりも早く陶器の割れる音がした

誰かカップの類でも落としたのかジョットの諦めたような嘆息が響く

その際に恐ろしい桁の値段が聞こえたのは気のせいだと思いたい

スペードには関係のない話だが



「君、ふざけてるの?」



そして割った張本人にしてもさして気にする類のものではないらしく、険呑とかつて巡り会わせた時のように不穏に揺れるジョットとはまた違う強さを煌めかせた獣の双眸

彼もまたあの日スペードを取り逃がしたことを覚えているのだろう、寄せられた眉がそう物語っていた



「ふざけてるように見えますか?」

「見えるよ。凄くね」

「即答とは傷付きますね」



おどけたように両手を広げて肩を竦めたスペードに何処にあったのかあらぬ方向からナイフが飛んで来、動じた様子もなくやすやすと交わしながら指先でナイフを挟めば純銀製、何ともまあ乱暴な守護者ばかりだと苦笑

ジョットに至っては場を最悪にする新しい守護者にもう嫌だと言った様子で楽しげなスペードにげんなりとした視線をやっている

反対や敵意はあっても馴染みある間柄故に堪えてくれる青年や物分かりのいい友ならばともかく、扱いの難しい、ジョットの言うことなんて百回に一回も聞かない守護者が一番に捕まえる気満々のオーラを出しているのだ

そういえば何時だったか雨が痛々しく降る夜、最強と言って差し支えない‘雲’が珍しく獲物に逃げられたのだと不機嫌に物に当たっていたなと思い出したくないことを思い出す

一方通行ではあるが険悪な現状を見る限り新しく連れてきた守護者が逃走したという人物なのだろう

こいつでも任務に失敗することがあるのかとあの時は驚いたジョットだったがスペードが相手ならばなんら不思議はない

生まれ持った鋭利で敏感な直感を持つジョット自身も一瞬惑わされる幻術の使い手なのだ

険しい表情を崩さない‘雲’も身を持って体験して理解しているからか本気で攻撃の体勢を取っており、‘嵐’を筆頭とする守護者も最強に等しい‘雲’の影響を受けてか普段よりも油断がなくなっている

ボスであるジョットの言を一人も快く思っていないのは明確な事実だった

勧誘したジョットは別として、中枢を担うボンゴレの守護者が誰一人として新参者の‘霧’を認めていない

言えば敵の真っ只中に孤立無援で立っている状態のスペードは、しかし張り付けた微笑みは崩さないままにナイフをテーブルに置く

「嫌われたものですね」



音もなく置かれたナイフはスペードの指が触れていた部分だけしばらくの間白く曇っていた

やがては消える靄は綺麗な純白に一滴の悪意を注いだかのようなもの

靄が消えても触れたという事実は決して消えはしない



「嫌いも何もてめぇを認めるわけがねぇだろ」

「おや?別に認めて欲しい訳ではありませんよ」

「なーーっ」

「……認められないということは信用も信頼もされないということでござるよ?」



絶句する、と言うよりは言うべき言葉を見失った形の‘嵐’に代わって一言一言を選ぶように慎重に繋いだ‘雨’に、それは悲しいことではないのかと言外に尋ねた恵の‘雨’に



スペードは変わらぬ表情で、頬を緩めたままに、奇妙に凪いだ静謐な眼差しで厳かに口にした



「そもそも誰が‘信じてくれ’と頼みました?」

「「「「「ーーー!!」」」」」

「スペード……」

「僕もジョットも頼んでませんよ。」



スペードの真意の見えない微笑に目には見えない戦慄が走った

世の真理を的確に打ち抜くように、トントンとテーブルを叩いて紛れも無い‘霧’が凍てついた瞳で嗤う



「それと信用と信頼は違います。いずれ分かりますよ」



貴方達は信用せざるを得なくなりますから

予言めいた謎掛けに不気味な沈黙が訪れる

神経を蝕まれそうな毒気の濃い沈黙にジョットは「これは決定事項だ」と聞き分けの悪い子供を諦めさせるのと似た調子で呟く

ちらりと向けられたスペードの視線だけをジョットが真っ直ぐに捕らえたのは、今この場を押し切らなければ彼は二度と‘霧’を引き受けないと悟ったからだろう



スペードは‘霧’だった

真実、唯一無二、彼こそが‘霧’なのだとーーージョットの超直感は言う

また、‘霧’である以上変わらないものの方が多いのだとも




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