恨むのに殺せない





近付くな、来るなーーー震える声が、闇を、廃墟となった建物に満ちる静寂を打つ

激しい憎悪と怒りに彩られ捕われた声は、けれど一片たりと美しさを損なわずに大気を震動させる

色白の端正な顔に浮かぶ青ざめた憎しみの感情

名前を呼ぶ暇すらくれないでただただ拒絶の言葉を繰り返す華奢な幻術使い

普段の丁寧さが吹き飛んだ少年に歩み寄ろうとしていた影は自嘲の笑みを浮かべると立ち止まった



「(嫌われたものだな………)」



闇の中に浮かぶ輪郭を持ちながらも向こう側が透けて見える金色の人影

榛の瞳が懐かしそうに、悲しそうに、やるせなさそうに染まりながらすっかり廃れてしまった廃墟をぐるりと見回す

時代遅れの真っ黒なマントが青年の感情に呼応するかのように微かに揺れていた



「私の‘霧’」

「っるさい、うるさい………!」

「お前はやはり、私を恨んでいるのだな」

「黙れっ、ここからーーー」

「去れないな」



あの日彼を捨てたことに今更言い訳をしようとは思わなかったし、すまないなどと自分一人が満足するような言葉を投げかけるつもりもなかった

だからこそ我が儘にしか映らなくても、彼の願いは叶えられない

こつりと再開された足音に大きく跳ねた愛しい‘霧’の肩に青年は眉を苦しげに寄せ、それでも傷付いた表情をしながらも再び止まることはなかった

距離が縮まる

来るな、近付くな、来ないでーーー喘ぐような、掠れた声

手を伸ばせば触れ合える距離まで埋めた青年は壁に背を預ける‘霧’の頬に指先を向ける

触れた途端、オッドアイを染め上げたのは絶望か



「私の‘霧’ーーー」



逃がさないと両腕に閉じ込めた、今

私の‘霧’になれと手を差し出した、過去



「憎いなら、殺せ」

「…………!!」

「お前に殺されるなら悪くない」



ほら。と青年は強張った手に銃を握らせる

瞬きを忘れたように立ち尽くす、じっと凶器を眺める少年に囁きを落とす



「ーーーお前に私を殺せるなら、な」



………くしゃりと少年の顔が歪んだ

貴方はずるいと泣いてもいないのにしゃくりあげながら、悲しみと、憎しみと、恨みと、殺意と、それから焦がれを宿らせて青年を睨む



「あなたも、世界も………大嫌いだ」



どう足掻いたって、どんなに憎悪を激しく募らせたって、少年には青年を殺せるわけがないと知っていて言うのだから




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