抗争を笑う無音の声





閉じていた目を開けて天井を仰ぐ

見上げるのも億劫な高さには豪奢な模様

元はただの自警団だったという話だが、この屋敷しか知らない人間がいたら即座に否定しただろう

スペードは感心したように視界に入る屋敷のありとあらゆる物をじっくりと見回しながら腕を組む

止められた視線の先には一つの扉

そこだけが別空間への入口であるかのように重苦しい威圧感と存在感を放っている

まるで地獄への門と称されそうだが、中では他の守護者達と相当揉めあっているのか怒鳴り声と物音と騒ぎながらも拭えない緊迫感が漂ってきていた



「(当然のことでしょうね)」



気配を掻き消したまま扉に指先を添えて人事のように思考が巡る

敵対するマフィアの、それもボンゴレが目の敵にしているマフィアの中でもトップクラスの奴を突然連れ帰ったかと思えば仲間にするだけでなくボスを守る幹部、守護者にすると言い出したのだ

誰だって主の正気を疑い、はたまた錯乱したのかと止めるだろう

もしくは操られたと考えるか

これでスペードが殺意を持たない訳ではないのだと言ったらどうなるのだろうかと人の悪い考えが浮かぶ

簡単に想像できる未来のなんと楽しそうなことだろうか

待機しろと言われた部屋から勝手に抜け出して立っているわけでなかったならば哄笑を上げていたかもしれない

彼のーーーボンゴレボスであるジョットの手を取ったとはいえ、スペードにとってその行為にはさして意味はなかった

退屈しのぎになるのならどちらに転んでも構わないとすら思っている人間だ

忠誠や仲間という言葉ほどスペードに似合わないものはないだろう

そして、愛という単語も



「(それにしても無防備極まりないですねぇ)」



部屋に見張りすらつけず(恐らくジョットが止めさせたのだろう)抜け出したことにすら気付かない(たぶん白熱している議論のせい)

言い争っている間にスペードがボンゴレの屋敷内や情報を把握していなくなったらどうするつもりなのだろうか(きっとあの金色のボスはそんなことを考えもしていないのだろうけれど)

世間を騒がすマフィア(一応善良)だというのに拍子抜けるほどこの屋敷には警戒という気構えが感じられなかった

これもまたジョットの指示だというのならばスペードが知るマフィアの中でもかなり変わり者の類に分類される

愚かさからか、無知からか、甘さからか、情に流されやすいのか



「(達観しているから、でしょうが)」



待つのも飽きてきたなとスペードは指先を離して出かけたため息を堪える

生憎任務でもないのに立ち聞きや盗み聞きをして喜ぶような趣味はなかった

少し考えた後に己の体を‘ない’ことにして霧に紛れ、くるくると殺意なく銃を回したのはスペードの悪い癖だろう

そのまま溶け込むように室内に侵入した彼は一目見るなり珍しく言葉を失いながら沈黙した

せざるを得なかった



「(なんですか、これ)」



騒いでいるのはいい、わからない話でもないしスペードからすれば警戒しないジョットが異常なのだ

机がひっくり返ったり資料が散乱したりと部屋が荒れているのもまだ理解の許容範囲内だ

だからスペードが絶句したのは他のことが原因だった

そしてそれはスペードが他人に言える言葉でなかったのも事実



………メンバーが、濃かった

それはもう色々な意味で



「(僕を勧誘してきた時点で予想も覚悟もしていましたが………)」



此処までだとは思わなかったと余波で飛んできた物体をひょいと避けながらこめかみを押さえる

頭痛がするのはスペードの気のせいではないだろう



まず煩さそうに面倒そうに話を聞き流しているジョット

これが変わり者であることは散々勧誘された日に知った

その横で静かにだが青筋を浮かべてキレている、例えるならば一番信頼を置かれていそうな青年

顔に掘られた入れ墨といい、短気な男みたいだとスペードは視線をずらす

もう一人青年と一緒にジョットを諭そうとしている男は聖職者の格好をしてはいるが明らかに武を嗜み以上にこなす体つき

何故かイタリアでは珍しい和服を来ている見るからに東洋系の、恐らくは日本人の青年は嵐飛び交う真っ只中でまったりとお茶を飲みながら笑顔で宥めている様子

隣には我が儘お坊ちゃまと言った印象の弱気そうな青年がびくびくとした顔色で喉を潤しながら懸命に沈黙を貫こうとしているが態度はジョットに否定的

一番目を引いたのは窓辺あたりで全身から怒りを発している孤独が似合いそうな、孤高という言葉がピッタリの青年だった

不機嫌そうな目元とそんなつまらない話に呼んだのかと言わんばかりの態度

これは、強いーーー瞬時に悟ったスペードは妖艶に唇を舐めてから微笑む

彼の顔には見覚えがあった



「てめぇはいつもいつもいつもいつも好き勝手しやがるが今度ばかりは聞けるわけないだろ!!」

「だから何度もこれは決定事項だと言っている。散々頼み込んで苦労して連れて来たんだ、否の返事を聞くつもりはない」

「頼っ………てめぇは何考えてんだ!敵対マフィアに、あんな所に属していた奴を仲間に引き入れるばかりか幹部になれと願っただと!?」

「何が悪い」

「悪いに決まってんだろ!!」

「ええ、本当に」

「そら見ろこいつだってーーーて、は?」



怒鳴り付ける体勢のままぽかんと口を開けて固まった赤髪の青年に周りは「え、今の相槌誰?」と互いに顔を見合わせるが知った声ではなかった

ただ一人、ジョットだけが困ったように眉を下げるとうろと視線をさ迷わせてから警戒体勢に入る守護者に手を振り、はあ。と嘆息



「出てこい、いるんだろう?」

「ええ、もちろん」



楽しい会話だったので思わず口を挟んじゃいましたと姿を現したスペードに、ジョットはどうしてくれるんだといいたげに黙り込んだ

部屋の片隅で己の‘雲’が武器を構えるのを目にしながら




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