風は冷たくて、まるでこの気持ちをさまさなければいけないような、そんな気さえもした。夜の街を歩く。コツン、コツン。ただひたすらに自分の靴音だけが周りに響く。ふと、ため息をついた。寒くなったと言っても、さすがにまだ息は白くならないようだった。家主が不在の扉をそっと開いた。


「白、…か。」


白というフレーズだけで、彼を思い出してしまうわたしは、きっとなにかの病気なのかもしれない。それだけじゃない。朝に起きて顔を洗うときも、昼にご飯を食べているときも、夜に枕元に着くときも、そう眠っているときですらも。ふとした瞬間にいつもアーサーを思い出してしまうのだ。

アーサーが本部からの命令で日本支部へ向かったのは、一ヶ月前のことだった。すぐに帰ってくるものだと思っていた。今日こそは帰ってくるんじゃないか、そう思ってベッドの上でじっと待っていられたのは最初の一週間だけ。もう日本から戻ってこないんじゃないか。わたしのことも…忘れてしまったんじゃないか。不安はとうに頂点を通り越してしまっていた。忘れられてしまったとしても、もういいくらいに、ただ、ただ、会いたい。アーサーのベッドの上に寝転びながら、呟く。


「会いたいなあ、アーサー」

「ああ、俺もだよ」

「…アーサー?」

「なんだ?」

「…これは、夢なのかな」

「夢じゃない。ほら」


そう言ってアーサーはわたしの頬を優しく撫でた。うそ、うそだ、本当に?どうしてここに?わたしのこと覚えてる?混乱するわたしにアーサーはゆっくりと答えてくれる。本当だ。今は日本支部から少し抜け出してきた。それに、


「馬鹿なことを言うな。君のことを忘れたことなんてないさ。君のことばかり考えていたというのに。」


少し怒ったように眉を寄せて、そうアーサーが言った。会いたくてどうしようもなかったけれど、仕事は次から次へと波のようにやってくる。やっと時間ができたと思えば一ヶ月も経ってしまっていた、と。頬を撫でていた指が首、肩、そして腰に回り、抱き寄せられる。


「今夜はここに居られるんでしょう?」

「いや…すまない。もう行かなくては。」
「そう…。ねえ、わたしも連れていって。」

「駄目だ。…危険すぎる。」

「うん、きっとそう言うと思ってた。」


わたしがそう言うと、アーサーは苦笑して、すまない。一言そう言った。それはそうだ、初めて日本支部に行く前にも、同じ会話をしているのだから。そうして、アーサーはわたしに軽く口づけをして、あっという間に去ってしまった。あとに残るのは、わたしひとりだけ。夢だったのかな。いや、夢ではないのだ。だって、唇に残る熱は本物なのだから。そうして、わたしは瞼を閉じた。夢のなかでまた会えると願って。



I wish I could be with you tonight



企画「千夜一夜物語」さまへ提出。













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