夢かと思った。
朝、いつもどおりに学校に行って、友達と当たり障りないたのしい話をして、受けたくもない授業を欠伸をしながら受けて、放課後、部活のマネージャー業に精をだして。あまりにもいつもどおりだったのだ。
「集合!」
真田の号令がかかったがだいたいいつもマネージャーは行かなくても差し当たりない。集合するみんなを横目でみながら、飲み残されたスポーツドリンクを捨ててまた新しいものにするために、ボトルをカゴに放り込んでいく。
ひとつのボトルがころりと地面に転がった。めんどくさい。誰だ。
腕を伸ばして拾うと幸村のシールラベルが貼られていた。
幸村精市。去年からずっといない我が部の部長だ。真田からは病気で入院しているとだけ聞いた。あれから私は幸村のお見舞いには一度たりとも行っていない。行けなかった。きっと私は病室で眠る幸村を見たら泣く。そういう言わば自信があったからだ。
無様なとこを見せたくないからではない。一番つらいであろう幸村はぜったい私達の前で泣かないだろう。なのに私なんかが易々と彼の前で泣いていいはずがないのだ。
「早く帰ってこいよ」ボトルをカゴに投げ込んだ。
ガコン。無意識に他のボトルを投げ込むより荒かったのか、ボトルは大きな音を立てた。
はやく、帰ってこい。
カゴを持ち上げて水道に足を進めた。
「全国はじまっちゃうよ」
「知ってるよ」
柔らかい声音が耳から滑り込んで、すとんと私の中に落ちた。
ゆっくりと振り向いた、すべてがスローモーションのようだった。動作も、瞬きも、呼吸さえも。
手からカゴが落ちた。
拾ったボトルが地面に再び広がった。
「だからほら、ちゃんと帰ってきたじゃないか」
「てか俺のだけ随分あらく投げ込んでくれたね」
「さっきも集合しないしさあ」
「あ、いい忘れてた」
「ただいま」
微笑む彼はまぼろしか。
疑うまえに私は彼に抱きついた。
満足な隙間に溶ける
彼はなみだでぐちゃぐちゃな私を見て笑いながら抱き締めかえした
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