「うん、アレだね。銀さん心から良かったと思うお前に嫁の貰い手があって」
「あはは。ぶっていい?」
「あだっ!いや既にぶってるじゃん」
最後の最後まで、俺たちはこんな調子だった。
いつものようにくだらない話をして、いつものように夜が更けていく。
一緒に過ごせるのはこれが最後の夜だってのに、なあ。
「そろそろ時間だろ」
「まあね」
「さっさと行きなさいよ、結婚前夜に他の男のところにいるって相当な不良嫁だぞ」
「言われなくたって、もう行くわよ」
彼女はそう言って背中を向けた。
さっさと立ち去ろうとするその背に向けて、
「なあ、名前さんよ」
彼女の名を、呼ぶ。
明日になれば他の男のものになっているだろう、仲間だった女の名を。
ゆっくりと、彼女は振り向いた。
本当に、腹の立つ奴だ。
怪訝な表情までサマになっている。
幸せになれだなんてクサい台詞は吐かない、思ってもいない。
ただ、仲間を、明日からはそうでなくなる仲間を、送る言葉を。
「いつでもなぁ、帰ってきやがれ」
誰が帰るかバカ。
そう呟いた彼女は、少し笑っていた。
「でも、ありがとう」
そんな声が聞こえた気がしたときには、もう、名前の姿は無かった。
いつもより暗い夜空を見上げ、ああ今日は新月だったと逃げるようにそんなことを思った。
今宵語るは世にも不思議な愛の悲劇
(君のいない、はじめての夜)
***
千夜一夜物語さんへ提出。
悲劇を描くはずが、なんだか訳の分からないことに…
素敵な企画、ありがとうございました。
110705 北谷
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