「千冬千冬」
 ベッドの上に勝手に腰掛けて漫画を読んでいる幼馴染の腕を掴んでゆさゆさ揺らすと視線はそのままで迷惑そうな様子を隠さず返事が返ってきた。
「なに」
「蚊がいる。叩いて」
「自分でやれよ」
「潰れちゃうのグロイから嫌い」
「だからって人にやらせようとすんなよな」
「お願いお願い」
「えー……。今いいとこなんだけど」
「そんなの後でも読めるじゃん。なんだったら今日帰るときに貸してあげるから。ほら、チャンスだよ」
 蚊がとまった腕をゆっくり目の前に差し出すと千冬は面倒くさそうにため息を吐いて漫画を置いた。
「思いっきりやっていいからね」
「ウーン……」
「ちょっと、見てないではやく叩いて」
「アー……」
「え、どうしちゃったのさっきから。はやくってば」
 急かしても急かしても千冬は何か悩むようにウンウン唸るだけで蚊を見つめたまま動かない。まさかこの期に及んでビビってるとかじゃないよね。
「叩くだけじゃん。何をそんなに、あっ」
 たっぷり血を吸って満足したのか、私の腕から飛び立った蚊はプーンと羽虫特有の不快音を鳴らして部屋をぐるりと一周したかと思ったら棚の上にとまった。すると先ほどまで蚊を叩くことを躊躇していたはずの千冬がベッドからすくっと降り立ってすたすた棚の前に行きなんてことないみたいにべチンッとその手を振り下ろした。
「よっしゃ」
「……」
「ンだよ。言われた通りにちゃんとやってやっただろ」
「……べつに。新手の嫌がらせかなにかかと思ってるだけ」
「は?」
「わたし刺されちゃったんだけど」
 再認識すると急に腕のとこがかゆいような気がしてきた。よくみるとさっきよりも少しだけ赤くなってきている。
「叩いてって言ったのに……」
「…………オレは女に手は出さねぇんだよ」
「蚊潰すだけだよ」
「蚊潰すだけでも」
 千冬は潰れた蚊をピッピッとごみ箱に払い落としてから、慣れた手つきで棚の中を漁り始めた。女に手はあげないだとか言うくせに女子の部屋の棚を勝手に開けるのはいいのか、となんとも言えない気持ちになっていると「ほら」と虫刺され用の塗り薬がこっちに飛んでくる。もちろん運動神経が悪いわたしはとっさのことに反応できず、綺麗に宙を舞った容器はキャッチしようとして伸ばした手にあたって床に落ちた。
「あ、悪ぃ」
 無言のままそれを拾い上げて刺されたところにグリグリ塗ると冷たさが腕に広がった。そうそう、このおかげで全てのかゆみがマシになるんだよなぁ。
「オマエすごい匂いする」
「わたしのせいじゃないもん。千冬が融通きかないから」
「ごめんって」
「いいけどさぁ」
 女に手は出さない、か。ちょっと、ほんのちょっとだけだけど、キュンとしたのは教えてあげない。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -