※なんでも大丈夫な人向け


「私、死んだら自然葬がいい」
 仲のよかった審神者が亡くなったので最後の挨拶にきたらどうかと、彼女の刀剣男士から文が届いて数日後、私は政府に赴いていた。
 百合がたくさん入った棺桶に静かに横たわる彼女の遺体は、然るべき処置を施したのちに現世へ返されるのだと、よく彼女の近侍を務めていた刀が呟いた。みればみるだけ名残惜しくていけないと、彼が私たちより一足先に部屋を出て行ったときの顔があまりにも美しかったので、秘かに彼に恋心を抱いていた彼女がみたら大層喜ぶだろうなと思った。そんなことを考えた後、そういえば彼女は亡くなっているのだと思いだす。
 世界のために何もかもを犠牲にして、その果てに自身の命までも捧げてしまった彼女が今私の目の前で穏やかな表情をして目蓋を閉じていた。直接的な死因である刀傷も、日々過ごすなかでできた手のひらの肉刺も、彼女の真実は総じて彼女が護った世界の都合によって書き換えられるのだと思うとどうしようもない気持ちになる。
「縁起でもないことを言わないでくれ」
 「まだきみは十分若いだろう」と、ついてきていた鶴丸が十分若い身空で亡くなった彼女を前にしながら何の説得力もないことを言った。彼もそれについては重々承知しているようで、気まずそうななんともいえない妙な沈黙が部屋を満たす。
 鶴丸は他に言葉が見つからなかったのか私を彼女から引き離すかのように、そろそろ帰ろうと手を引っ張った。
 たしかにもういい時間だったので彼に手をひかれるがままついていく。それでもやっぱり彼女の近侍と同じく名残惜しくなってしまって、部屋から出る前に私は足を止めてもう一度彼女のほうを向いた。残念ながら、棺桶にしまい込まれてしまった彼女の姿をこちらからは見ることは叶わなかったが。
 白いその側面に目をやって、彼女はきっと悲しいんでいることだろうなと思った。この戦争で死んだことに、ではない。それは前々から覚悟していたことだから。そうではなくて、もう二度と彼らと会うことができないことが、それこそが私たちにとってなによりも耐え難い悲しみだろうと思った。
 彼女の本当は永遠に隠される。今後誰が会いにきたとしても、現世の土の下で眠る彼女の本当にはもう誰も触れることはできない。みんなが思い思いに生前の彼女を想像し、適当な人物像を作りあげるだけだ。死人に開く口はないから、その解釈がどんなでたらめの類のものであってもおとなしく受け入れることしかできない。
「私が死んだら遠慮なく野に放っていいからね」
 急かすように私の手をひく鶴丸は、その言葉にうんともすんとも言わなかった。



 ある日、私は死んでしまった。
 どうしてなのかはわからない。自分の身体も見当たらない。しかしたしかに私は死んでいる。そのことだけがはっきりとしているのだった。
 「おやすみなさいまた明日」と言って眠った私は、本当に永遠におやすみすることになり、また、永遠に明日を迎えることができなくなった。ただそれだけのことにすぎなかった。死がありふれた生活を送っていると自身の死に対しても冷静になれるらしく、私は自分が死んだことについて全く驚いていなかった。
 そんなことよりも、死んでもなおこうして自分という意識を保っているという事実のほうが、私にとっては驚くべきことだった。透けてはいるが、かといって床板を通過することはなく、非常にいい塩梅でしっかりと歩くことができる。不思議なこともあるものである。ただいつまでもこのままというわけにはいかないだろうなと思った。どうせやることもないのだ。このままぼんやりと消えるのを待つなんて勿体ない。どうしようかと考えた私の脳裏に彼の姿が浮かんだ。せっかくの機会なんだから最期くらいとんでもない驚きを提供してあげようと私は歩き出す。
 そうして本丸のなかをいろいろと歩き回った結果、どうやら彼らには私の姿がみえていないのだということが判明した。ご都合主義はここまでらしい。その事実に落胆しながら、私は今後の自分が辿るであろう運命を考えた。
 おそらくこれからどこかにあるであろう私の遺体は政府に引き取られることになるだろう。もしくはすでに引き取られたのかもしれないけれど、まあとにかく、それから適切な処理とやらを受けて現世の何も知らない家族の元へ帰ることになる。審神者という役職に就き、終わりのみえない戦争に身を投じませ、刀剣男士という優しく美しい生き物に囲まれて生を全うした私はいなくなるのだ。本当の私は葬り去られ、誰も思い出してはくれない。私にはそれがたまらなく寂しかった。でもどうにもならないことだ。正しいかどうかは置いておいて、その行為の必要性は理解しているつもりだった。
 ならばせめて私が愛したこの本丸のすべてに別れを告げて旅立とう。それを自分への餞にしてここから去ろうと私は歩みを再開する。
 そうこうしているうちに私はようやく彼をみつけた。部屋の真ん中でぽつんと線の細い背中が丸まっていた。
「鶴丸」
 聞こえないとわかっていてもついついいつもの調子で声をかけてしまう。
「お別れを言いにきたの。気づいていなかっただろうけど、私、おまえのことが好きだったんだよ」
 ぱきり、ぱきり。なにか固いものが砕かれる音がする。いったい何の音だろうと彼の正面に回り込もうとしたところで私はその理由を知った。同時に彼の口元から一滴血が垂れる。それは畳ではなく、彼の膝でもなく、私の頬にぽたりと落ちた。私ではない。眠っているように目を閉じた私の身体にである。鶴丸は脱力したそれを大事そうに片腕で抱いていた。
 幽霊でも泣くことができるのだろうか。私は自身から涙が流れたような気がした。思わず、「鶴丸」と掠れた声が漏れた。
「……いるんだろう」
 彼はまるでそれに応えたかのように呟いた。彼の視線は腕の中の私にあるままだ。私がみえているわけでも、私の声が聞こえているわけでもないだろうに、それなのに彼は私がここにいるとわかっているかのように話し続ける。
「心配するんじゃない。きみは久遠にきみのままだ」
 冷たい土の下で一人おとなしく眠る必要はない。誰かに都合よく理解される必要もない。
 美しい神様は私の遺体の指先を食んでいた。大切そうに、愛おしそうに見つめたまま、私という人間を少しずつ小さくして飲み込んでいく。
「約束、だからな」
 白い喉が上下に動く。それはとても美しい光景だった。
 ああ、刀剣男士も人間と同じように食べたものが身体の一部となるのだろうか。そうだったならいいな。私のような不純物が美しい彼に混じることをもしも許されるというのならばどんなに幸せなことだろう。ここで生きていた私という人間の本当は、葬り去られることも都合のいい解釈を押し付けられることもなく、そのままに彼とともにあり続けるのだ。
「気がついていないようだったが、俺はきみを愛していたんだぜ。髪の一本、骨の一片に至るまで、きみのすべてを」
 口元が緩んだ。生きているときに聞きたかったと思うけれどこればかりはお互い様だからしょうがない。それに世の中の数ある恋のうち、一つくらいこんな実り方もあっていいんじゃないかと、そんなことを思った。
 私がじっと鶴丸を眺めているとふと右手が引っ張られているような気がした。いつかのように、私にはやく帰ろうと急かしているようだった。
 たしかにもういい時間だ。ずっとこうしていたい気もするけれどそういうわけにもいかない。私はそろそろ自分の身体に還ろうと思う。そして優しい腕に抱かれながら最後の一片になるまであの目でみつめてもらうのだ。
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