※途中から暗め


「場地くん場地くん」
「ンだよ」
「グーってして。こうやって上向いてグーって」
 机を挟んで向かい合ったまま、伸びをするみたいに私は上方向に首をぐっと反らしてみせた。突然のお願いについて全く理解できていない場地くんはハテナマークを浮かべたままだったけれど、文句を言うことなく私の真似をした。
「これがどうしたんだよ」
「喉」
「ノド?」
「喉仏」
「ハァ?」
「触っていい?」
 了承を得る前に手を伸ばす。指が肌に触れた瞬間たじろいだように少し固まった場地くんだったけれど、それでも私の手を払い除けたりはしなかった。すぐ人を殴ったり車に放火したりやっていることは置いといて、彼は貸しとか借りとかを律儀に気にするタイプのちゃんと芯の通った不良なので、もしかすると学年が違うにもかかわらずわざわざ休日に家にまでやってきてあげてそのうえ自分のテスト対策なんかそっちのけで彼の勉強に付き合っている私にたいしてなんか恩義でも感じてるのかもしれない。知らないけど。
「ごついねぇ。男の子って感じがする」
「あたりまえだろ。男なんだから」
「あっ、喋ると震える! おもしろい!」
「急にどうしたんだよオマエ……」
 もういいだろ、と呆れたように手を掴まれた。
「あのね、場地くんがさっきお茶飲んでたでしょ」
「オウ」
「ゴクッて、飲み込むときに喉が動くの。それがなんか好きだなって思っただけ」
「…………全然意味わかんねェ」
 オマエちゃんと勉強しろよな、とまるで先生みたいに言ってきたのでそれにたいしては「おまえがな」と真顔で返しておいた。
「喉仏ってね、アダムのリンゴって言われてるんだって」
「アダムのリンゴ……」
「そう、アダム。知ってる? 聖書に書かれてる世界で最初に生まれた人間なんだけど」
 まぁたぶんわからないだろうなと思いつつ話を続ける。
「その男の人はね、食べちゃだめって言われてた知恵の実であるリンゴを食べちゃったの。それが神様にバレちゃってびっくりした拍子に食べてたリンゴが喉に引っかかったっていう伝説から喉仏のことをアダムのリンゴって言うんだって」
「へー」
「場地くんわかってないでしょ。どうせリンゴ食べたいなとかじゃないの」
「オー、よくわかってんな」
「場地くんはきっと知恵の実を丸ごと喉に詰まらせたんだね……」
「どーいう意味だよそれ」
「あははっ、なんでもないでーす! それより、なんだか私もリンゴ食べたくなってきたなぁ」
「ん、じゃあ千冬に頼むか。オマエが切れよ」
「切って、でしょ。いいよ。私の素晴らしい包丁さばきをお見せしましょう。場地くんが本物と見間違えちゃうくらい躍動感のあるウサギを作ってあげる」
「いや、普通のでいいワ」
「なんで!?」
 オマエ不器用そうだもん、と場地くんは笑いながら千冬くんを呼び出すために携帯を手に取った。



 死ぬってどういうことなんだろう。ここ数日の間寝る間も惜しんでずっと考えていたけれど私は結局その答えを出すことができなかった。だって、私の周りではまだ誰も亡くなったことがなかったから。だから今日は生まれて初めての葬儀になる。――私は、場地くんのお葬式に来ていた。
「…………場地くん」
 棺の中にお行儀よく横たわった場地くんを見下ろす。そして私はなんだかいつもみたいだなぁという感想を持った。野良猫が集まってくるあの部屋で気持ち良さそうに昼寝をしているときのような表情を浮かべていて、自分が棺桶なんかに入れられてることにびっくりして今にも飛び起きてくるんじゃないかと思うくらいいつも通りだったから。けど、もう彼は死んでいるのだそうだ。こんなにも普段と変わっていないのに不思議でならない。
「場地くん」
 いつかのように、その喉元に触れた。死ぬってどういうことなのかなんとなくでもわかるんじゃないかと思ったけれど、息をしていない場地くんはたじろぐことも呆れたような顔をすることもなくて、ただひんやり冷たかっただけだった。
「さようなら」
 そうして私の人生一号目のお葬式は大人たちによって終始順調に進められ、至極淡々と終わってしまった。
 死ぬということがどういうことなのか結局理解できないまま、ただ一つだけ、好きだったあの喉仏が動くことはもう二度とないのだろうということだけがはっきりわかってしまって、それがどうにも残念でならなくて、知恵の実を喉に詰まらせた場地くんは最期までやっぱり何も教えてくれなかったなぁと、私は誰にも見られないように家で一人こっそり泣いた。
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