※ 5〜8巻のネタバレを含みます。



「これやるわ」
 いつも通り事前に連絡を寄越さずやってきた圭介が玄関先で慌ただしく寝癖を撫で付ける私を全く気にも留めずといった様子で透明な袋を差し出したあの日のことをよく覚えている。だってあんなにもちぐはぐな光景を私はみたことがなかったから。
「どうしたの?これ」
「オマエが祭り行きてえって言ったくせに風邪なんか引きやがったからさっき代わりに取ってきた」
「えっと……その恰好で?」
「別にどうでもいいだろーが。この後用事あんだよ」
 あの圭介が、いつも喧嘩ばっかりしている圭介が、大切そうに金魚の入った袋を持っている。しかも私のために、イカつい特攻服姿のままでついさっき縁日に行って取ったときた。
「あ、ありがとう」
「生き物は大事にしろよ」
 でもやっぱ似合わなさすぎるよ、と笑う私に彼は偉そうにそう言った。




「元気だねえ」
 生き物の寿命はそれぞれ違う。平均的な寿命は数字として算出されているけれどけっしてその通りになるとは限らない。現に平均寿命およそ80歳であるはずの人間の圭介がたった14の齢で死んだ秋からもう数年以上の月日が経っても、私の部屋の水槽ではあの日やってきた平均寿命が数年にも満たない、今では彼の形見となってしまった金魚たちが快適そうに泳いでいる。
 それを見る度に、世話をする度に、何か嫉妬に似た感情が渦巻いて胸が苦しくなった。どうしてこの子たちは生きているのに、圭介は生きていないんだろうか。順当にいけばここにいるのは圭介で、きっと私たち二人はこの部屋でだんだん数の減っていく水槽をみて時間経過の残酷さと悲しみを分かち合いながら一生懸命お墓を作ったりしていたはずなのだ。
 もちろん、彼らに罪はない。ただ置かれた場所で生きているだけに過ぎない。この魚たちは圭介に掬われただけだから。もし罪があるとするのなら、それはあの日彼らを掬って私に与えその後死んでしまった圭介と、祭りに行きたいだなんて言ったくせに当日風邪をひいて寝込んだ私だ。
「長生き、するんだよ」
 生き物は大事にしなくちゃいけない。大事にしろよって圭介は言った。だから私は彼らの命を繋ぐために今日も今日とて粉みたいな餌を小さく摘んでは少しずつ水槽にばらまく。そして寄ってきた可愛い子たちをぼんやりと眺めながら、ただ静かに順当にその日がいつかこの水槽にも訪れるのを待っている。
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