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 バタバタと慌ただしくお店の閉店作業を進めていた。今日は普段よりも忙しく、なかなか話す時間がなかった。そんな日は珍しい。仕事中だから本来なくて当然の時間なんだけれど、店長のロビンさんですら緩〜く業務にあたっているのである意味で人をダメにする職場である。ローさんとレジを締めていると明後日に迫った私の初ライブの話になった。

「いよいよ明後日か」
「はい、明日は丸1日スタジオで猛特訓ですよ〜」
「ライブがかぶらなきゃ行ったんだがな」
「あ、いや、その……今回は来れなくて丁度よかったといいますか……」

 そう。ローさんは来れなくてよかったのでは……と少しばかり本気で思っている。なぜかといえば前回練習で集まったとき、出演者は全員コスプレしてライブするという衝撃の事実を聞かされたからだ。そんなノリのイベントらしい。告知、急すぎませんか。そんなのムリだと言い張ったけれどむしろ普通に来たほうが浮くぞ、とマルコさんに説得され、しぶしぶハードルの低そうな某デリバリーする魔女のコスプレで出ることを承諾したのだ。洋服自体はワンピースだからそこまで抵抗はないが頭の大きなリボンはちょっとだけキツイ。そんな姿をローさんに見られてたまるか。
 ナミも今回はHeartではなく私のライブに来てくれるそうだ。嬉しいんだけど、何を言われるかわからない。怖い。そして知り合いがライブハウスの関係者にいるらしく、噂を聞きつけたユースタスさんも来るのだという。なぜだ。

「コスプレ、するんだってな」
「えっ!? なぜそれを知ってるんです?」
「ユースタス屋がわざわざ連絡してきた」
「……余計なことを!!」

 ローさんの耳には入れたくなかったのに、何てことをしてくれたんだユースタスさんめ。会ったらちょっと文句を言うしかない。それにしてもそうか、知られてしまったのか……私がガックリと肩を落とし項垂れていると「そんなに恥ずかしい格好すんのか?」とニヤニヤ顔で私を見るローさん。あ、これは絶対面白がってる顔だ。
 ローさんの言う恥ずかしい格好というのは、やたら露出度が高いもののことだろう。日ごろからしっかりと鍛えているナミのようなボディならば堂々とセクシーなコスプレもできたかもしれない。しかし私にはそんな自信も度胸もない。ここはしっかりと否定しておこう。

「私はただの宅配業です」
「……宅配業? 黒猫か?」
「確かに黒猫っちゃ黒猫ですが! もうこの話はおしまいです!」

 面白がっているのでしょう。口の両端をグイッとあげて笑うローさん。かーっ!! 腹立たしい! このネタで私をいじり倒そうという魂胆がすけすけの丸見えである。これ以上いじられてもたまらないので「さっさと片けて帰りますよ!」と少しだけ乱暴にその背中を叩いた。


「施錠おっけーです」
「お疲れ」
「はぁ〜、Heartのライブに行けないなんて……」
「毎回来てんだから、たまにはいいんじゃねェか?」

 いつもの帰り道をのんびりと歩く。最近は何も言わなくても、ご飯を食べに行かない日でもローさんは私のことを途中まで送ってくれる。それに、ギターを一緒に買いに行ったあの日を境に、いままでよりもお互いにゆっくりと歩いているような……気のせいかもしれないけど、なんだかそんな気がしていた。仕事のあとの疲れた体に優しく広がるような、心がほっと休まるような空気感がとても心地よかった。

「だって、Heartはびっくりするほど私の趣味ドンピシャなんですもん。そりゃ毎回行きます、もう全部見たいんです」
「そうか。そう言ってもらえるとあいつらも喜ぶよ」

 あいつらも喜ぶ、と言ったローさんの表情は最近見かけるようになった、すごく笑ってるってわけじゃないんだけど……でもふわっとしたような柔らかな雰囲気の顔、ふんわり顔だ。私が毎日楽しくて、帰り道だって心地いいと感じているように、ローさんにも少しでもそう思ってもらえてたら、なんて思ったりするのだ。

「……ローさん、私、楽しんできますね! 初めてのライブ」
「あァ。それができりゃあとは勢いでどうとでもなる」


 ローさんは別れ際にも「ま、頑張れよ」と声をかけてくれたんだけど、そのあと小さく「コスプレ」と聞こえてきたので私は手に持っていた手さげをブンっと振り回してローさんに攻撃を仕掛けた。あっけなくかわされてしまったけれど、そのあとコツンと頭を叩いてきたローさんの顔はあのふんわり顔、だった。



『楽しめればあとは勢いでどうとでもなる』というローさんの言葉を胸に、丸一日の鬼のような、嵐のようなドタバタな練習を経て、あっという間にその日を迎えた私の人生初ライブ当日。私達は先頭バッター。集まってからライブハウスに向かって、リハをして、この瞬間までの記憶はほどんどない。けれど時は来た。いざ出陣の時。SEが流れ始めて照明が落ちていく。
 マルコさん、サッチさん、エースくん達の域にはもちろん、当然追いつけなかったけれど、でも一体感というか、これまでの練習でこのバンドのカラーというか、雰囲気には馴染めたと思っている。ベイさんからはかわいいからオッケーという謎のお墨付きをもらったし、エースくんからも失敗したらおれがカバーするから大丈夫だと背中を押してもらった。
 
「よし、行くぞ! ユメ!」
「は、は……いっ」
「リラックスして楽しみましょ?」
「ベイさぁ〜ん! 超緊張します、リラックスはムリですー!」

……精神的にも物理的にも押してもらったんだけど、リハーサルですらガチガチになってしまった私は、袖からステージに向かうのにも右手と右足が同時に出てしまっていた。まずいぞ、めちゃくちゃ手が震えてる。

「ユメちゃん! 落ち着けって、深呼吸だ!」
「終わったあとの酒は美味いぞ!」

 エースくんもサッチさんも、そんな私に声をかけてくれる。ありがたや。なるほど終わったあとのお酒か……それはさぞかし美味しいことだろう。そんなことを考えながら深く息を吸い込む。ふぅっと吐き出しながら相棒のギターが準備されている地点で足を止める。そこでやっと客席に意識が向いた。ついさっき着いたであろうナミとユースタスさんが視界に入る。うわ、ユースタスさんってば本当に来たんだ……それにしても二人とも色々な意味でとても目立つので、見つけやすい。おかげでちょっと感じていたアウェイ感が軽減した。
 ステージから見るお客さんの入ったライブハウスの景色はリハとは全く違う。イベント内容のせいか、客層も普段とちょっと違う感じ。でも、ローさんはいつもこの景色を見てるんだなって思うと足にぐっと力が入った。

「ユメー! イケてるわよー!」
「一発ぶちかましてやれ!」

 ナミとユースタスさんが叫んだ声がライブハウスに響く。うわっ、なんだこれめっちゃ恥ずかしいぞ。それに続いてほかのメンバーにもワイワイと歓声が上がる。まだ始まる前だというのにみんなやけにテンションが高い。この異常な盛り上がりはきっと衣装のせいもあるだろう。ダメだ、大人になってからのでっかいリボンなんてやっぱり恥ずかしすぎる。

「マルコー! お前なんでバニーガールなんだー!」
「エース番長ー!! カッコいー!」
「パンツ一丁じゃねェかよサッチ!! 何のコスプレだよそれ」
「ベイ様ァ! 逮捕してー!」

 私以外のメンバーは余裕の表情で手を振ったり、レスポンスをしている。なぜそんな平常心でいられるのだろうか。初ライブがコスプレだなんて、ハードルが高すぎた。でももうここまできたら、ユースタスさんの言ったとおりぶちかますしかない。楽しめさえすれば――ローさんとの会話を思い出しながら私はギターを肩から引っ掛けた。ストラップの背面側には平面の薄っぺらいホウキが貼り付けられている。魔女仕様である。

「準備完了だ、どんとこーい!」
「おう! いっちょやるよい!! ユメ、いけるか?」
「はい!」
「あー。あー、こんばんは! ホワイトマスタッシュです!……今日はイベントに呼んでいただきありがとうございます! それじゃァ早速だが……楽しんでけ!! 野郎どもー!!」

 エースくんが煽るように始まりの宣言をしてギターを鳴らす。そしてすぐにマルコさんがカウントを取り始めた。始まる。カバーとはいえ、かなりアレンジも加えられている。でも、短い期間でもちゃんと練習に打ち込んだ日々を思い出せば大丈夫だ。初っ端から押さえるのが苦手なコードばっかりの曲だけど、やってやる。私は思い切り腕を振り下ろした。
 3曲目まではベイさんのボーカルで、アニソンやCMなどでも使われているメジャーな曲ということもあってお客さんたちは合いの手を入れながらリズムに乗ってはしゃいでいた。最前列の人達はミニスカポリスなベイさんのスカートをのぞこうとしていたけど、なぜかパン一のサッチさんがグイグイ前に出ていく。そしてヤジが飛ぶ。お酒か? お酒が人格をかえるのか? 私が体験したことのないエネルギーとテンションが渦巻いていた。
 あっという間に折り返し地点、残り4曲。ここからは少し雰囲気が変わって、熱い魂をシャウトするベースボーカル、サッチさんのゾーン。“破戒僧”というバンドのコピーだ。全部ストロークが速い曲なので私はそれはもう必死である。みんなの音を追っかける。無我夢中。ちゃんと弦を押さえられてなくて変な音がでるし、ハウリングするし、やっぱり間違える。
 のぼせたみたいに顔がカッと熱を持ってなってもうダメかもと思ったけど、ナミとユースタスさんが視界に見えて、曲に合わせて腕を振ってくれていてちょっとだけ落ち着けた。
 あっという間だった。最後の曲は、私のギターでスタートした。ほかの楽器の音が入るまで、フロアからの野太い声と熱気が私に集中していたんだと思う。今はただ、こんなにもステージの上が熱くて、みんなの音と合わさったサウンドがジンジンと体に響いて……もう少し、まだ弾いていたいと思った。この盛り上がりは今日のやけにテンションの高い客層とか、カバー曲で知ってる曲もあったからなのかもしれない。でもこの光景を、自分達の音楽で見ることができたなら、それはなんて最高なことなんだろう。「野郎ども!! ありがとう!」と、エースくんが終わりを告げる瞬間まで、私は夢の中にいたような気分だった。



 そのあとのバンドを見て、あらためて技術面を向上させないといけないと実感した。でも、勢いでどうにかなる作戦もそれなりに成功したんだなぁと思う。やっぱり楽しんでなんぼだ。それがきっと聞いてる人にも伝わるんだと思いたい。
 ナミからはなぜもっと攻めなかったのかと魔女っ子のダメ出しをされながらも「ま、かっこよかったじゃない」と言ってもらえたし、ユースタスさんからも「いつものへらっとしたユメと別人だったな、特に後半」と、たぶん褒め言葉をいただいた。やりました。破戒僧の曲は普段の私の趣味とは少し違うところがあったのも要因だろう。でも、マルコさんと出会って知ったことで、新たなドアを開いた感じがするし、色々吸収できたんじゃないかな、なんて思う。

 楽しかったライブもあっという間に終わりを迎え、そのまま打ち上げへと移行。ナミも誘ったけど明日は仕事が早くて不参加。色々話したかったから残念だけど、近いうちに飲みにでも誘おうと思う。

「にしても……初ライブとは思えねェパワフルさがあってよかったな!! やるじゃねェか」
「なんだかユースタスさんに言われると恥ずかしいですね」
「うちのギターだ、当たり前だろう! ユメ、よかったよい!」
「おおぅ、だいぶ酔ってますねマルコさん」

 練習中も私を褒めたことがほとんどなかったマルコさんは、初対面のはずのユースタスさんと肩を組みながらお酒を飲んでいる。バンドマン同士通ずる何かがあったのだろう。何がきっかけなのかはわからないけれどすっかり打ち解けていた。とにかくよかった、と言ってもらえるのは素直に嬉しい。そこに他のスタッフさんと話を終えたエースくんもやってきた。

「ユメちゃん! 飲んでるか!? あんなぺらっぺらだったのによくやったよ!」
「ペラペラって……確かにまぁ否定はしません。それにしてもエースくん、大人気だったじゃないですか!」
「ユメちゃんにゃ負けるよ、コスプレの定番だけど中途半端にせずちゃんとでっけェリボンつけてて、なおかつ野郎どもの需要にしっかり答えてたわけだし」
「需要……?  よくわかりませんが、忠実に再現したかと言われたらちょっと逃げましたけどね」

 そう、私は逃げたのだ。ちょうどいい丈のワンピースが用意できずちょっとだけ膝上になってしまうという誤算があり、恥ずかしさから私は少し薄手の白いタイツを履いていました。

「いやいや! とにかく大人しそうな魔女っ子が破戒僧のゴリッゴリの音かますなんてギャップがやべェよな!!!」
「いやぁ……特攻服も女性が黙ってなかったじゃないですか、エースくんのソロのところだけ歓声が黄色かったですし、私の友人ももう帰っちゃいましたけどキャーキャー騒いでましたよ」

 するとユースタスさんが今日の服装の会話に割り込んできて「ユメよぉ、やっぱ言っておくわ。タイツは逆にヤバいだろ」と言ってきた。逆にとはなんだろう、やっぱり忠実に生足(ストッキング)にすべきだっただろうか、それともなんか野暮ったくなってしまったのかと考えていると、サッチさんも「あれは一部の層に相当な支持を得ていたぞ、ナイス25デニール、よくやった」と一言。つまりだ、私は保身に走った結果、コアなタイツ好きに受けてしまったということらしい。需要ってこれか。そんなつもりはなかった……恥。てかデニール数バレてるの怖っ。お酒が入ったからって恥ずかしくないわけがなく、ダメージは大きい。そんな私の心情を察してくれたのか、ベイさんが背後から私に抱きついてきた。

「大丈夫、私が汚い野郎どもから守ってあげるから」
「ベイさぁん」
「純情派ぶってんじゃねェぞ! トラファルガーだって見にきてたらそう思っただろうに」
「は、何で急にローさん」

 私とユースタスさんの会話にメンバーの視線がぎゅっと集まったのがわかった。たぶん知らない人物の名前が出たからだろう。マルコさんとサッチさんが顔を見合わせてから、口元を緩ませながら私の方を見た。

「へェ〜、彼氏か?」
「違います! バンドしてる職場の先輩です」
「あー、職場にバンドしてる人がいるって言ってたな。キッド、本当にそれだけか?」
「まァ間違っちゃいねェな」
「ちょっとユースタスさん、何やら含みのある感じにしないでくださいよ! それよりも! 今後のためにもっと私のダメ出しをお願いします!」

 こういった話題は苦手だ、しかもマルコさんたち相手だとまったく敵う気がしないのであえて話を変える方向に持っていく。するとマルコさんもエースくんも「そうだなァ」とちょっとだけ考えたような表情をしたあと、怒涛のダメ出しが始まった。

「圧倒的に練習量が足りないな」
「知識もな」
「あっ、はい……重々承知しております」

 まず大まかな、ごもっともなダメ出しをされたあと「5曲目、走りすぎ」「もっと周りの音を聴け」「アルペジオ下手くそすぎな」「6曲目んとき途中疲れてか飛んだんだか知らねェが止まっただろ」「あそこのスライドもスライドになってなかった」と、細かい箇所への指摘の嵐。止まる気配がない。自分からお願いしたけれど結構心にくる。ベイさんがフォローしてくれたり慰めてくれるけど、途中からユースタスさんも混ざってさらにカオスになった。折れそうだった。
 それでも一通り言い終えたのか、みんな口をそろえてこの短期間でよくここまでやったよと言ってくれた。

「実のところ、今だから言うといきなり破戒僧のコピーはハードル高かったと思う。だからこれだけできてんのはある意味すごい。自信持て」
「やけに難解だと思ってたんですけど、その認識で間違ってなかったんですね。でも……ありがとうございます、マルコさん」
「なんだいあらたまって……因果晒しのソロ、最高だったよい」

 そこで隣にいたユースタスさんが興味を持ったのか「……ラストのあれ、因果晒しって曲なのか」と呟いた。私がメインのギターソロがあった曲は因果晒しだけだったので、破戒僧はあまり知らないと言っていたユースタスさんにもわかったのだろう。そしてその発言をマルコさんが聞き逃すはずもなく……しっかりと拾っていた。そして「いいだろう? 破戒僧」と口にしたということは、マルコさんによる破戒僧語りが始まるということだ。私も一度経験している。これは長くなる。
 ユースタスさんはどう対応するのだろうか。その光景を眺めるべく、何杯目かのビールをおかわりする。最高に美味しい。そしてサッチさんも破戒僧語りに参戦していよいよ収拾がつかなくなってきている。エースくんは知り合いの人達と騒いでいるし、ベイさんも他のバンドの人達と楽しそうに飲んでいる。
 みんなが笑顔で、普段聴かないいジャンルにも触れて、新たな刺激がたくさんあった一日だ。それでもふと、何かが足りないような気分に襲われた。

「それでだキッド……おいユメ! お前も『諸行無常』は聴いたよな!?」
「あっ、はい。諸行無常、ですか? あれは破戒僧でもテイストがだいぶ違ったというか」
「そうなんだよ、で、その曲に参加してるマニピュレーターがな」

 ぼんやりと考えていたところに急に話を振られてびっくりした。確かに諸行無常は破戒僧の普段の曲調とは全然違って、私はこっちのほうが好きだったりする。私も諸行無常話を聞こうと前のめりになったところで、スマホの画面が着信表示になっていることに気づいた。よく見ると画面にはローさんと表示されている。見間違いだろうかと思ったけれど、手にしているスマホは着信を私に伝えるべく振動している。私はやんわりと離席する旨を伝えると、急いで外へ出て通話ボタンをタッチした。

「も、もしもし! ローさんですか!?」
「あァ」
「えっ、間違い電話とかではなく?」
「違ェよ、そっちもどうせ打ち上げでもしてんだろうと思ってな」
「まさにそうです、ローさんも?」
「おれらもだ」

 ローさんからの着信は間違いではなく、しかも打ち上げ中にわざわざ電話を――私の胸は何やら一気にお酒が回ったみたいにドクドクと音を立てる。ああ、何を、何から話そう……話したいことがたくさんある。

「ローさん、ライブって楽しいですね! 見るのも、するのも!」
「フッ、その様子じゃァうまくいったんだな」
「はい! めちゃくちゃ失敗しましたし、ダメ出しされましたけど!」

 たぶん今、私は誰もいないのをいいことに相当ニヤニヤしてしまっていると思う。だって電話の向こうのローさんの声が、お酒が入っているせいかもしれないけれどすごくやわらかな、優しいものに感じるからだ。

「そうか」
「終わってほしくないなんて思っちゃいました。打ち上げも……あ、今面白いことになってまして、ユースタスさんもめっちゃ馴染んでますし」
「は? あいつ打ち上げにまでるのかよ」
「私のバンドのドラムと意気投合したみたいで、かれこれ30分は破戒僧の話をしています」
「マジか……」
「でも私としてはやっぱり……ローさんにいてもらいたかったなぁ」

 するっとぬるっと、酔ってるせいか思ったことをそのまま口にしてしまった。これは言葉選びを間違えた気がする。慌てて「なーんて!」と付け足したけど、間に合ってないかもしれない。でもこれは間違いなく私の本当の気持ちだろう。さすがここ最近で一番時間を共にしている人物だけある。そう、ローさんの隣にいる心地よさを知ってしまったし、気の置けない仲なんだと思ってしまっていることに私は気づいたのだ。

「こっちもお前がいないライブは久々だったからな。変な感じだな」
「変、ですか?」
「なんつーか……あれだ、おれも見に行きたかったってことだ」
「私だってローさんのライブ、行きたかったですよ?」

 顔が火照る。ローさんの返事がまるで同じことを考えてたみたいに聞こえる。これじゃぁ世の女性が勘違いしてもしょうがないと思う。

「コスプレ姿も拝めなかったしな」
「それは! 諸事情により本当に! 見れなくて大正解です、見なくていいやつです」
「そこまで拒否されると余計気になるだろうが……それにしてもあれだな、ユメ」

 なんだか急にローさんの声のトーンがダウンして、落ち着いたような、真剣な雰囲気になった気がした。私もかしこまって「はい、何ですか?」と返せば少しだけ間が空いたあと「やっぱお前がいないと、違和感しかねェな」と聞こえた。
 今、ローさんは何と言っただろうか。私がいないと違和感を感じると言った? ローさんが? 酔った頭をどうにか回転させる。けれどお酒のせいでその回転はずっしりと重くてほとんど回っていない。冷静になるんだ、落ち着け。ううん、落ち着けるわけがない。私がいない違和感とは、それはつまり一体どういうことだろう。

「あの、えっとローさん……」
「……いや、何でもねェ」
「あのですね……たぶん私も」

 それはもしかしたら、私がさっき感じた物足らなさと……そう思って出かけた言葉は「おーい! いつまで外にいるんだよー!」とエースくんに声をかけられたことでピタッと止まった。名残惜しさに苛まれながらも私は「すみません、そろそろ戻りますね」と伝えた。

「あんまり飲みすぎんなよ」
「ローさんこそ! 電話ありがとうございます。嬉しかったです」
「あァ、じゃあまたな」

 通話が終わってしまった真っ暗なスマホの画面を見つめる。ちょっと間抜けな、締まりのない自分の顔が映っている。今の会話は……何だったのだろう。いつもよりも酔ってるのかな、思考がうまくまとまらない。
 すごくふわふわとした気持ちのまま席に戻った私を待っていたのは、予想どおりみんなからの質問攻めでした。

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