- ナノ -
19


 看板を見つけて入ってみた公園は見渡す限り木々に覆われている。自然を見るのは割と好きなほうだとは思っているけど、こうして二人で歩いているとまるでこの世界に二人だけのような、そんな気になってしまう。

「……噴水広場があるって、看板に書いてありましたよね」
「どんだけ行きゃあるんだ」
「ですね」

 なかなか見えてこないそれに、私もローさんも仕方ない、といった笑みを浮かべて噴水を目指す。繋いでいる手にドキドキはしているものの、落ち着いたというかなんというか……幸せを噛み締めながらも、この状況を楽しめる余裕は出てきたんだと思う。

「こういう公園って、船の遊具みたいのあったりしません?」
「あァ……ガキのころよく遊んだな」
「あ、ローさんも遊ぶんですね」
「おれだって人の子だからな……お前こそ似合わねェな」
「私はこう見えて、幼少のころは非常にアグレッシブに動いていましたよ!」
「へェ」
「なんですかその目は! 当時私は三輪車のユメとして有名で、公園で華麗な三輪車捌きをですね」
「……っ、本当に、お前は」

 まるで私が外でアクティブに遊ぶわけがないとでも言いたそうにしてたかと思えば、今度はケタケタと笑う。そんなにおかしなことを言っただろうかと腕をブンブンと振ると今度は対照的に何か考え込むような表情を浮かべた。

「そういうところが、だよな」
「?」

 よくわからないけれどローさん的には何か納得したようだ。それにしてもいまだに見えてこない噴水。今日はペタンコな靴で来て正解だったな、と園内を進む。

「そういえば、この前ビビとバルトくんと話してたんですけど」
「何をだ」
「今度みんなでバーベキューしようって!」
「……」
「あっ、あまり好きじゃないですか?」
「いや、まァ……日にちが合えば行かないこともない」
「鮎も焼きますよ!」
「なんだ、その、だな……」

 バイト中にそんな話になって、何ならロビンさんまでそれなら店休日にやろうとノリノリで乗っかってきたのでローさんにもお知らせせねばと思い出したのはいいものの……いざ伝えてみるとあまり乗り気ではなさそうだ。それに、何やらローさんらしくなくもごもごと歯切れが悪い。

「店休日にってロビンさんも言ってたので、そのうちローさんにも声がかかると思うんですけど……無理にってわけじゃ」
「行きたくねェわけじゃないんだ」

 そう言ってローさんが立ち止まったので私も歩みを止める。なるほど。つまりバーベキューが嫌だというわけではなさそうだ。すると「いつものおれでいられる自信がねェ」と、ため息交じりで聞こえてきた。
 いつもの、とはどういうことだろうか。ピンとこなかったので素直に「どういうことです?」と問いかけると「仕事中ならまだしも……多分、無理だ」と返ってきた。

「えーと……仕事中じゃないと何かあるんですか? 前にも……私が入ったばかりのころにみんなでボーリング行ったじゃないですか。ローさんはほとんど見てただけでしたけど」

 あの時は入りたてでまだみんなとワイワイ楽しむ余裕もなかったし、そう長い時間じゃなかったからローさんと話すこともなかった。職場の人達と出かけることが無理ではないはずだし、一体何がそんなにと思ったところでローさんは「はァ」と大きく息を吐き出した。そして握っていた私の手をぐっと引っ張った。

「わっ、あ、ローさん?」

 引っ張られた私はというとスポッとローさんの腕の中におさまった。視界はさっきまでの一面の緑から一転してローさんの着ていた柄のシャツで……これは、あの晩のことを思い出してしまう。ドキドキ、というよりはもはや沸騰しているような気分だ。

「……さっきの続き、いいか?」
「は、はいっ!」

 話の流れ的に、仕事中じゃないと無理なことと話の続きにはきっと関連性があるんだろう。どうしたらいいかわからない両手をだらりと地面に向けて下げたまま、ローさんの声に耳を傾けた。
 
「おれは、おれらはいつかデビューするつもりでいる。その気でやってる。それでも……できないままだらだらとしちまう可能性だってなくはない。先は不透明なままだが、それでも、どうなったとしても音楽も、お前もない日常は考えらんねェ」
「は、はいっ」
「だけど、ユメにもユメの人生ってもんがある。バンドだった始めて、ユメの環境も日々変わり続けてるんだって、他人のおれでも感じてる」

 私が日々実感している変化。それをローさんも感じているっていうのはきっと、私のことを見ていてくれたからなんだろう。

「だから正直焦ったっていうか……違うな、それはどうでもいいんだ。ユメさえ良ければ、変わってくことだらけのこれからを、おれと一緒に……生きてくれないか」

 勝手に涙が溢れ出ていた。たくさん、色々と考えたであろうローさんの言葉。ローさんらしい言葉。胸が熱くなった。ただただ、なんて優しい人なんだろうと思った。これから私が変わっていくことも全部、まるごと連れてってくれるんだと思った。そもそも、私の環境をこんなにキラキラした世界に変えたのはローさんだ。

「ろ、ローさんっ……わたっ、私は、私も。もはやローさんのいない世界なんて考えられないです。私、ローさんと出会う前までは何の目標もなくただ毎日を好きなことのために費やして、それはそれで楽しかったですけど……でも、今は。今は私も、やってみたいと思っていただけのバンドを実際に組むことができて、それで新しい目標ができて……」

 自分から踏み出すだけでこんなにも世界は変わるんだってローさんと出会わなきゃまだ気づいてなかったかもしれない。バンドだってきっとその気があればいつだってできたはずで、その勇気とやる気をくれたのは――ギュッと、ローさんの腕に力が入ったのがわかったのと同時に、私もごにょごにょ言ってないではっきり伝えなければと思った。

「あ、あの! 何が言いたいかといいますと、私も……ローさんとすごしていきたいんです! 楽しいことも、辛いことも……何があっても一緒に!」
「……そう、か」
「そ、そうです」
「そうか……」
「は、はいっ」
「……」

 体勢は変わらないままだけどローさんは黙ってしまった。でもたぶん、私がこの今の気持ちをどうやって言葉にしたらいいのかわからないようにローさんもたくさん、思いを整理しているのかもしれない。
 まだ夢なんじゃないかと、信じられないと思う気持ちを落ち着かせるように木々が風で揺れる音を聞いていた。少ししてローさんが普段からは想像できない小さな声で「……本当、なんだな?」と呟いた。やっぱり同じようなことを考えていたんだなと嬉しくなって、顔が見えていないのをいいことにここぞと笑みをたたえた。

「はい。それよりもローさんは、私でいいんですか」
「お前だから、だよ」
「おお……まさかそんなことを言われる日が来るとは夢にも思っておりませんでした」

 ふとローさんの腕の力が抜けてそのまま一歩後ろに下がったので、私はとっさに流しっぱなしにしていた涙を袖で拭った。「あはは」と恥ずかしさをごまかすように笑って顔を上げる視線が合って、ローさんも笑った。あの時、星を眺めていたはずなのに私を見ていた時のような、それ以上かもしれない優しいものに感じた。

「ユメ」
「はい!」
「好きだ」
「わ!! 私もです!」
「……もう言わねェからな」
「え!? はい! じゃあ私も言いません!」

 あまりにも嬉しくって、きっと今の好きだはローさんにとってはとっておきの特別だったに違いなくて、それなら私もと返した言葉にローさんは「お前なァ」と顔をくしゃっと歪ませて笑った。普段とのギャップが激しすぎてたまらず好きですと言いそうになったけれど、たった今言わないと言った手前どうにか我慢していると再びローさんに抱きしめられてしまった。

「夢、みたいです」
「そうだな」

 でも夢じゃない。私はさっきまではどうしたらいいかわからなかった両腕を、ローさんの背中へと回した。するとさっきよりもローさんの腕の力が強まった。
 いつまでもこうしていたいと思ったけれど、遠くから人の声が聞こえてきた。誰かが近くまで歩いて来ているのだろう。ローさんもそんな気配に気がついたみたいでそっと私から距離を取った。

「人、来ちゃいましたね」
「……まァ、公園だしな」
「ですね」

 ちょっと照れくさそうに頭をかいているローさん。私の顔もきっと、ニヤニヤが抑えきれてないと思う。進行方向へと向き直すとどちらからともなく触れた手。その手をしっかりと握って新たな一歩を歩き出すんだと思うと何でもできちゃうような、そんな無敵な気分になった。

「ユメ」
「はい、なんでしょう」
「帰りにPH行くか」
「いいですね」
「で、公園も行くか」
「星ですか?」
「ん」

 ローさんにとってあのお店と公園は特別お気に入りなんだろうな。それにこの公園に来てからも、退屈するどころかのんびり歩いていたりする。つまり、だ。

「なんだかんだで自然が好きですよね、ローさんって」
「お前もだろ?」
「まぁそうですね」
「あと」
「ふふっ、いっぱい出てきますね」
「やりたいことが一気に増えたからな……再来月のマリンフォードのフェス、行くのか?」
「行こうかなぁとは思ってましたが、まだチケットを取ってないんです」
「じゃ、一緒に行くか」
「わ! 本当ですか!? 一人で行こうか悩んでたんですよ」
「決まりだな……しかし、やっと噴水のお出ましのようだな」
「本当だ! これまた想像を越える大きさですね!!」

 一気に開けた広場に出たので日差しが眩しく感じる。その広いスペースの中央。少し早足で大きな噴水に近付くと、キラキラとしぶきをあげる水柱のそばに小さな虹ができている。

「こうしてあらためて噴水やら虹を見ると、なんだか感慨深いです」
「ん。そうだな」

 ふとローさんを見ると、いつもより柔らかい表情で噴水を眺めている。その横顔が逆光で余計に印象的に見えて……広場いっぱいに広がる青い空を見上げる。きっと私は今日という日を一生忘れないんだろうと思いながら、もう一度ローさんに視線を戻してこの瞬間をしっかりと目に焼き付けた。

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