- ナノ -
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 最近引っ越してきた街の駅周辺。多種多様な店舗が立ち並びにぎわう商店街の路地をひとつ曲がった所にある隠れ家的な雰囲気のショップ。デニムをメインに、古着や雑貨も取り扱っていたりと見ているだけで心が満たされる……いや、物欲と向き合うことになるけれど、それでも幸せを感じる空間。極めつけが私好みの店内BGM。こんなに居心地のよい私好みのお店がこの世に存在していたことにこれでもかと感謝している。

 出会いは1ヵ月前。駅でいうと3つ隣の街に住んでいた私は諸事情により心機一転引っ越して、仕事探しがてら商店街を中心にブラブラと探索していた。そこでアパレルショップにしては珍しく比較的遅い時間まで営業していたこのお店を見つけた。
 初めて足を踏み入れた瞬間、私の心は小躍りをキメた。ボディラインは出すぎないのにメリハリは感じるワンピース、スタイリッシュでクールなパンツ、使い勝手がよさそうなのに大きすぎないリュックも、どれもこれも私の趣味ど真ん中だった。
 私は思わずあれこれとカゴに追加した。今月も食費を節約しよう。いやそれよりも早く仕事を見つけなさい。そんなことを考えながら会計をしていたその時。レジ横の目を引く原色づかいの小さなチラシが目に入った。そこには(バイト・準社員急募)と書いてあり私の脳内には天使がラッパを吹きながら舞い降りてきた。ここで働くのです、応募するのです、と。これは天啓。運命だ。チラシを持ち帰り一通り募集要項を確認するとすぐに応募した。そして私は今、ここBaroque Worksのスタッフとして働いている。



「おはようございます! ロビンさん」
「おはよう、ユメちゃん」

 部屋の時計が5分遅れていたせいでバタバタとせわしなく店内に駆け込んだ私にニコリと微笑みかけてくれるこの店の店長のロビンさん。さらりとなびく黒髪が綺麗でスタイル抜群、おまけに知性にあふれていて私とは対極に位置する憧れの女性だ。

「わ! それってシリーズの新作ですか!?」
「えぇ、ぜひユメちゃんに着てもらいたいわ」

 出勤前の私が目にしたのは、流行を取り入れつつもどこか新しさも感じる加工が施されたデニムのトップス。お揃いのパンツは短すぎず、前からはスカートに見えるタイプ。少し甘さを感じるシルエットだけれど、デニム地であることでボーイッシュさも兼ね備えている。生地感も厚すぎないので上下デニムでも重い印象はない。素晴らしい! ブラボー!! と私の中の全私がスタンディングオベーションだ。

「ぜひとも! セットで欲しいです!! 買います!」

 即答。悩む理由はない。最近購入したお気に入りのサンダルと合わせたい。鼻息荒く服を見つめる私にロビンさんはニッコリと微笑みかけてくれる。ロビンさんがデザインするシリーズはここでは人気のメインコンテンツである。今月の予算はまだあったかな、と家計簿の表を思い起こすも、数日で止まっていたことに気づく。意味がない。まぁ、今日も今から労働するわけだし、欲しいものを買うために働くのは正常なサイクルである。

「……おはよう」
「あ、ローさん、おはようございますっ」

 これから給料日までの悲しい食生活を考えている間に背後からにょっと現れた彼は、ここの先輩のローさん。何とバンドをしているバンドマン。実は働き始めて1ヶ月が経過した今もまだ上手くコミュニケーションを取ることができていない。ここで働く上での唯一と言っていい悩みだ。
 私も数年前にギターに憧れて手頃な入門セットを買ったりしたものの、案の定数ヶ月で挫折した過去を持つ。いまも部屋の片隅で決して安くはないインテリアになっている。そんなこんなで、職場にバンドマンがいたことにそりゃぁもう感激したけれど、私は人見知り。そしてそれはローさんもらしく、仕事以外の話はあまりすることなく時は過ぎ今に至る。

 今日もスタッフルームでの会話もほとんどないまま時間になり、店内へと向かいレジ奥の定位置にいるロビンさんと軽い朝礼を済ませる。出勤後の清掃などの雑務をこなした後、商品の準備や系列店へ移動する商品のピックアップ作業などを黙々とすること1時間。私は質問ついでにロビンさんの所へと向かった。

「ロビンさ〜ん」
「どうしたの? ユメちゃん」
「今日もダメです」
「ダメって、ローくんのことよね? 音楽の話でもすればいいのに」
「だってジャンルが違ったら即! 終了ですっ! 致命傷は負いたくないです!」

 何ともいえない気まずい空気に耐えきれなくなって私は小声で助けを求めたところ、音楽の話を勧められた。けれど音楽の話は実は大変に難しいものだと私は思っている。デリケートなものだと思っている。過去の経験上、ちょっとでも違うと、あまり話も弾まずに終了してしまう。そう学習していたので、私はその話題をローさんにすることができずにいたのだ。

「でもユメちゃん、ここのBGM好きなんでしょう?」
「ええ! それはもう素晴らしく! ドストライクですとも!」

 王道ロックやオルタナティブロック、テクノロック、その他色々を好んでいる私にとって、ここが運命の職場だと感じた理由のひとつ。BGM。そうですドストライクなおかげで仕事そっちのけで曲を聞いていることもあるほど。いや、お仕事は最低限しています。

「ですってよローくん。BGM、ユメちゃん気に入ってるって」
「……へェ」
「へぇ?」

 確かに助けは求めましたが、なぜそこでわざわざ少し離れたところにいたローさんに話を振るんです? ローさんはハンガーを持ったままこちらへと歩いてくる。どうしてですか、という思いを込めた視線をロビンさんに向けた。するといつものすべてを浄化するような笑みを浮かべながらロビンさんは答えた。

「この店のBGMはローくんの選曲よ」
「……ん? え!?」
「彼が編集したプレイリストがいくつかあってね」
「ええ!? 私てっきり有線かと……!」
「へェ、ユメサンこういうの聞くのか」
「は、はい、ええ、とても……?」

 今、きちんと喋れている気がしない。衝撃の事実。まさか、ここまで好みが一致しているとは思わなかったので、驚きすぎて次の言葉が出てこなかった。超パーフェクトに近いです、未だかつてこんなに趣味の合いそうな人とは出会ったことがない。
 今流れてる曲も初めて聞いたときに運命を感じた一曲。帰宅後にすぐに、辛うじて覚えていた歌詞から色々と調べて辿り着いた結果、他の楽曲もよくてこのバンドにドハマりしている。というエピソードでも話してみたらどうだろうか。と勧めてくる自分と、いきなりベラベラと話してもキモいだけだ、そもそも仕事中だ。と思う自分が葛藤という名の殴り合いのケンカをしている。決着がつかないまま言葉に詰まっていると、ローさんは少し何か考えたようにちらっとレジ内のシフト表に目を向けてから「それなら」と私の方を向いた。

「週末、バラティエ……近くの店でライブをするんだが、興味があるならどうだ? ちょうど連休みてェだし予定が合えば」
「ライブですか!……は、はい!? それは是非とも!」
「それならチケットは後で渡す」

 そう言ってローさんは倉庫の方へと歩いて行った。ライブ、ライブ!? ローさんの!? こんなに趣味が合う人のバンドのライブなんて、期待しかないじゃないか。まさかの急展開に頭がぐるぐるしている。いいのだろうか、ただのバイト先の人間がローさんのライブに行っていいのだろうか。そんなことを考えているとロビンさんの方からなにやらいつもと違う雰囲気の視線を感じた。お前もさっさと仕事に戻れと怒られるのかと思いとっさに確認する。でも勘違いだったのか「ウフフ、楽しみね?」と、いつものあの女神の笑みを浮かべていた。勘違いだったのだろうか……また浄化されただけだった。



 その日の晩、私は帰宅してすぐに電話をかけた。理由はひとつ。ライブに誘うためだ。

「もしもし、ナミ!?」
「ん〜、おはよう」
「夜だよもう。それより! 金曜日、夕方以降空いてる?」
「ええ、その日は午前中で仕事は片付く予定だから、午後なら」

 電話先の声はいつもよりだるそうだったけれど、寝起きだっただけで一安心した。ナミはそこそこ長い付き合いの、私にとっては数少ない友人でフリーのライターをしている。時々ライブやフェスに行ったり、隙あらばあちこち遊びに出かけたりする仲だ。

「前に話したバンドしてるっていう職場の人がライブに誘ってくれたの! ナミもどう? チケット2枚あるから」
「えっ、あの全然話せないって言ってた人?」
「そうそう、詳しくは会った時に話すけど」
「オッケー、行く行く!」
「本当〜? よかった、一人だとちょーっと心細くて!」

 ローさんには行きますと言ったものの、さすがにソロライブハウス参戦は無理だと思っていたので一安心。ついでの近況報告も程々に電話を切ると、なんだか急に落ち着かなくなって布団に潜ってクッションをギュッと抱えた。
 ローさんのバンドは一体どんなバンドなのだろう……あのBGMの選曲からすると様々な音楽を取り入れた私好みな音楽に違いない。え、それってヤバい。私、爆発するのでは? それにプライベートで職場の人と会うなんてちょっと変な感じだ。ムズムズする。職場の人達で集まるご飯会や遊びとはまたちょっと違うし、チケットをくれた時にも言うほど会話していない。もしかして一気に打ち解けられるのでは? と思ったけれどそう上手くはいかなかった。でも誘ってくれたということはそんなにマイナスな印象ではないはず。そう思いたい。

 その後週末まではローさんとシフトがかぶることがなかったせいで、より浮き足立ったままで当日を迎えることになった。



 待ちに待ったライブの日。待ち合わせ10分前に目の前に現れた親友、ナミの服装を私は上から下まで3度見した。下着とほぼ同じ面積のトップスに、すらりとした美脚を存分にアピールできるかなりきわどい長さのショートパンツ。メイクもいつもより作り込まれているように見える。濃い。確実に。

「えっと、ずいぶん気合い入ってる?」
「どこが? 普通よ、いつもどおり」

 そうは言っているものの、ネイルも清潔感を持たせつついつもより盛られているのがわかる。つまり、突然の出会いにも対応できる準備がなされているのだ。攻めている……さすがナミだ。私も少しは見習うべきなのだろうか。

「ユメも、それ、もしかして新作?」
「そうなの! ロビンさんの、いつもかわいくて!」

 ナミの精神を見習ったほうがよさそうな私はといえば、先日買ったロビンさんデザインのセットアップに、ヘビロテ中のサンダルを合わせた。リュックをはじめ小物は同系色でまとめて、髪型もすっきりめにして頑張りすぎてない感が出ていれば、よし。
 最近のトレンドについてや、ハマっているお酒やおつまみの話をしながら目的地、バラティエを目指す。ナミは私よりも浅く広く、色んなジャンルの音楽を聞くタイプだ。ライブやフェスでは音楽もほどほどに演出や食事、お酒なんかにも幅広くアンテナを張っていたりもする。
 あっという間にバラティエ前に到着。受付で会計を済ませてちゃっちゃかと中に入ったナミが「バラティエってこんな感じなのね」と店内を見渡しながらうんうんと頷いている。私もそわそわしながらナミに続いた。おしゃれなバーカウンターに、食事ができるテーブルもいくつかある。そして一段には広いフロアとステージが見えた。何度か小規模なライブハウスに入ったことはあったけれど、そこからイメージしていたライブハウスよりもかなり洗練された印象だ。食事にも力を入れていることと、まだ照明が明るいせいもあるのかもしれない。

「ふぅん、なかなかいい雰囲気のお店ね。私、ビールにするわ」
「私も〜!」

 ドリンクチケットをカウンターでビールと交換してもらう。今日は全部で3バンドがライブをする、いわゆる対バンというやつだ。3マンということは……結構似た雰囲気のバンドか、もし違った場合もそれなりに交流があったりして仲の良い、繋がりのあるバンドのことも多い。そんな話をビール片手にナミとしていると、突然後ろからリュックを引っ張られた。

「よう、よく来たな」
「ローさん!」

 ぐえっと声が出かけたのをこらえて振り向くと、そこにはローさんと3一緒に人の男性が立っていた。バンドのメンバーさんだろうか……危ない、声に出してなくてよかった。私はホッとして前髪を整え直した。

「こんばんは。ユメの友人のナミよ」

 ナミは私が紹介するまでもなくさくっと喋りだしたので、意味はないかもしれないが一応「ええと……重複しますが、私の友人のナミです」とつけ足しておいた。

「ユメ屋の言ってたダチか。こっちはうちのメンバーでペンギン、シャチ、サンジだ」
「は、はじめまして……ユメと申します。ローさんにはいつも職場でお世話になってます」
「うぉい! ローてめェ! こんなカワイコちゃんと一緒に仕事してるなんて!」
「てめェは女を見る度いちいちうるせェよ」

 ローさんもメンバーを紹介してくれて、どうもどうも、と頭を下げ合う。当たり前だけど、仕事中のローさんしか見たことがなかったので、ほかの人と、職場ではあまり聞かない砕けた物言いで会話している姿はとても新鮮に映る。
 突如、ナミの肘打ちが私の脇腹に決まったが、ローさん達は誰も気づいていない。何事かと体を近付けると「ちょっと、レベル高すぎでしょ」と耳打ちしてきた。はて、一体何のレベルだろうかと聞き返そうとしたけれど、その前にメンバーの一人だという金髪の男性、サンジさんがナミに話しかけ始めた。ローさんの対応を見るにどうやら女性好きな人物のようだ。ペンギンさんとシャチさんは別の人に話しかけられたせいかこちらに手をパッと上げてから頭をちょこんと下げてカウンターの方へと歩いて行った。すぐに視線をサンジさんに戻した。ハートが舞い散っているようなサンジさんの言動にちょっとだけびっくりしているとローさんが丁寧に補足をしてくれた。

「こいつはここのコックもやってて、飯やつまみなんかも作ったりしてる」
「すごい! 料理もできるなんて!」
「あらためて……本日はようこそバラティエへ。お二人には後ほどカクテルやスイーツをサービスしますね」
「あ、ありがとうございます!」

 ペコリと頭を下げたサンジさん。これは私がローさんと知り合いだという効果なのか、はたまたナミの美貌ボーナスなのか。どちらにせよ、ありがたいことには変わりない。やったね、と声をかけようと隣のナミに視線を移すと彼女は珍しく黙り込んでいた。少しだけぽやっとしているように見える。視線の先には歩いて行ったサンジさん、そしてペンギンさん、シャチさんやスタッフさんらしき人達。まだビールを飲み終えてもいないし、そもそも普段何杯飲んでも酔わないのに、と思ったところで何となくさっきのナミの発言の意味がわかった気がした。私はローさんの職場との雰囲気の違いに気を取られていたけれど、ここには一般的に言うカッコいい人達が多いように感じる。ライブハウスというフィルターもあるかもしれないけれど、いつもはあてる側のナミも珍しくそんなイケメンオーラにあてられているのかもしれない。
 ライブハウスには来たことはある。けれどそれは知り合いのバンドではなく、メジャーデビューしているバンドのライブは純粋なファンとして訪れたものだから、最初から最後までナミや友人との会話だけで完結していた。それが今日はこれである。コミュ力が試されている。ちょっと落ち着かない気分にもなるのもわからなくもない。そんなことを考えていると「そういや」とローさんの声がして現実に引き戻された。

「おれらの出番は最後だ。他の2バンドも一応知り合いで、まァ悪くねェと思うが」
「トリなんですね! それは楽しみです!」
「最初の奴らだけ覚悟はしておいたほうがいいかもな」

 そう言うとローさんは「また後で」と他の知り合いらしき人達の方へと行ってしまった。うん、せっかく来たのだから音楽も雰囲気も全部、全力で楽しもう。ナミにも「始まる前に次のビール、頼みに行こうよ」と催促して手元の一杯目のビールをグイっと一気に流しいれた。



 3マンライブが始まった。そしてすぐに先ほどの「覚悟」の意味を私達は理解した。ロングヘアーをなびかせ歌うボーカルに、メタルを思わせる激しく重厚な曲調、先頭では頭を振っている固定ファン達。1バンド目から激しい熱い魂を感じる。初見の私達は心の準備ができていなかった……ひとまず後ろから見ていて正解だったと合間にナミと話しながら追加のビールのおかわりを買いにカウンターへ。
 次のバンドは赤い頭の人物がギターボーカルのスリーピースバンドでパンク寄りなロックテイスト。MCではノリノリの観客を煽りまくっていた。お酒にも、ドライブにも合いそうな軽快さで掴みはバッチリ。そんな中に2曲ほど落ち着いた曲調のものもあってメリハリもよかった。何よりナミにはヒットしたようで楽しんでいたようだ。一緒に来た以上、二人とも楽しめるのがベストだ。誘ってよかった。素直に嬉しい。

「いよいよ次だよ〜!」
「楽しみね」

 とうとうラスト、ローさんのバンド『Heaet』の出番。ホールの照明が暗くなり、SE(サウンドエフェクト)が流れた始めた瞬間に私はぴっと固まった。4人が順番に出て来てそれぞれの配置についた。待ちに待ったローさんのバンド。見たところ、サンジさんがギターボーカル、ローさんがギター、ペンギンさんがベースでシャチさんがドラムのようだ。
 特に喋ることもなく始まった演奏に雷が落ちたように全身に衝撃が走った。そして鳥肌が立ったのだと気づく。4人が織り成すリズムに体は勝手に動き、鳴り響くギターに、私の心は全てを持っていかれた。目の前でギターをかき鳴らす彼から、ローさんから目をそらすことができなかった。あっという間に、至極の6曲が私の体を駆け抜けていったのだ。



「ナ〜ミ〜!!」
「いたっ」
「しんどい、無理!」
「確かに!」
「興奮しすぎてたぶん今日寝れないし!」
「それなら、私も久々にテンション上がったし、今日は朝まで飲み明かしちゃう?」

 終わった瞬間に私はナミに向かってタックルしていた。私とナミの興奮ポイントはたぶんちょっと違ったと思うけど、とにかくあっという間だった。どの曲もそれぞれ、ときめきポイントがあって最高だった。そんな余韻冷めやらぬ私とナミの所へ、演奏を終えたローさん達が歩いてくる。私は近くまで来たローさんにこの高ぶる、荒ぶる気持ちを抑えられず駆け寄った。

「ローさん!!」
「……そんなに鼻息荒くしてどうした」
「鼻……ってそんなことより! にっ、2曲目、あれすごく私好みで! あと、5曲目のギターのリフがヤバすぎてヤバいしか言えないです! どしたらあんなん浮かぶんです!? あと、3曲目のペンギンさんの変態ベース、一体なんですか!? それに!」
「へェ、さすがに感想がその辺の奴らと違うな」

 一気に喋りすぎたのか、少し驚いたような表情のローさん。でも熱いうちに伝えておかねばならぬ、これは素直な私の気持ちだ。

「いやいや! 他の感想ってどんななんです!?」
「まァ、そういう奴に観に来てもらったほうが嬉しいってことだ。あいつも飲んでけって言ってるから、あっちで一杯やるか」
「!?」
「はいはーい! 飲むわ!」

 ローさんがサンジさんのいるバーカウンターの方を指差した。私がローさんに返事をする前に、隣で私とローさんの会話を聞いていたナミがハイテンションで颯爽とバーの方へと向かっていった。お酒が好きだとは言えナミの行動力の高さに、ローさんが何やら嬉しいことを言ってくれたような気がしたのにまるで思い出せなくなってしまった。

「……なんか友人がはしゃいでてすみません」
「まァ、いいんじゃねェか」

 私も折角なのでお酒を堪能しようと、ローさんとカウンターの方へと向かう。ローさんが私の分もビールを注文してくださるというありがたい気遣いへのお礼に、引き続きこの高鳴る鼓動という名の感想をこれでもかと述べようと思う。

「それにしても……こんなに身近に鼻血が出ちゃう素敵なバンドが実在してるとは思いませんでしたよ!」
「そうか。それにしても鼻血って何だよ」
「そのままの意です、鼻血、です!」
「……そうか」

 そこまで話したところで私はハッとした。今までこんなにローさんと話したことなどなかったのに、勢いよくマシンガンのごとく喋ってしまった。お酒が入っているとはいえ、一気に後悔の念が押し寄せる。オタク特有の早口。やってしまった。だがしかし、だ。

「鼻血が出るほど良かったってか……変な奴だな」

 鼻血以外は何と言ったのか正直よく聞こえなかったんだけれど、ちょっとだけ口元を緩めて笑ったように見えたローさんにぽんっと背中を叩かれた。私の心臓が急にドクンと跳ね上がった気がしたけれど、このライブで荒ぶる鼓動の余韻でしょう。急に距離感が縮まった感じが半端ない気がするけど、お互いにお酒が入ってるし……むしろ初のプライベートでのやり取りはお酒が入っていてよかった、とも思う。じゃなきゃきっと会話になっていなかったかもしれない。そう結論付けて、私はそのままカップの中のビールを勢いよく飲み干した。

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