13


 Heartというバンドに出会えたこと、ローさんと出逢えたこと。そのきっかけになった今までの私の失敗や後悔もひっくるめたすべてに感謝せずにはいられない、そんな夜になった。

 企画の主催者であるHeartの演奏も終わり、その熱を持ったまま打ち上げに突入。シャチさんによる乾杯の音頭がフロアに響き渡る。
 ローさん達には演奏が終わった直後に、2、3分という短い時間ではあったけれど感想を伝えてある。でも、私のHeartへの思いは2、3分で語りきれるものではないし、打ち上げが始まった今でもまだ、今夜の演奏に酔ったままである。ただでさえ私の心に、脳に響く音楽だというのに、それを生み出しているのが主にローさんであるという事実が、よりこの胸の高鳴りを増長させているのではないだろうか。

「あのな、言っておくが今日のユメはうちのサポートメンバーなんだからな」
「その前にユメちゃんはうちのファン代表なんだよ! キッド!」

 現在、テーブルの向こう側にはバチバチと火花を散らすサンジさんとユースタスさんがいる。この2人がこんなに激しく言い合う姿は今まで見たことがなかったのでちょっと新鮮だったりする。「お二人ってもしかして、喧嘩するほどなんとやらですか?」と問いかければほぼ同時に「んなわけあるか!」「まさかそんなわけ!」と返ってきた。
 私の口元はニヤリと緩んだ。見事なまでに息ピッタリだ。サンジさんもユースタスさんも、なんでこいつとハモらなきゃなんねェんだと言わんばかりに口を尖らせている。私がそんなお二人をニタニタと眺めていると、やはりほぼ同時に「ハァ」「仕方ねェな」と小さく声がして、お互いのジョッキをコツリと合わせた。

「お前……前よりも高音安定するようになったよな」
「そっちこそ歌詞忘れる頻度減ったよな」
「全部が全部忘れてるわけじゃねェぞ! 今日のはそういう演出だ! ユメもいつまでもニヤニヤしてんじゃねェ!」
「いやぁ、楽しそうで何よりですよ!」

 Heartとスパエクは以前から対バン頻度は他のバンドより高いと聞いている。サンジさんとユースタスさん、お二人はそのギターボーカルだ。お互いに気にならないはずないよなぁ……こういう関係性、いいよなぁ。なんてこと思いながら、ああだのこうだの言い合うお二人をつまみにビールを胃の中へと流し入れていると、空いていると言えるかは絶妙な何とも言えないスペースに近くにあったイスをねじ込んで座ってきた人物がいた。ローさんである。

「今日もギャーギャーうるせェな、ユースタス屋」
「あ? お前こそ今日もよ〜くおモテになられて」
「おモテって……ロー! それならなんでおれをすぐに呼ばねぇんだよ!!」
「あれはスモーカーの職場の奴らだ。お前ら女と喋ってるだけですぐ思考になるのどうにかしろよ、アホか」

 打ち上げ直前までローさんは、打ち上げに参加せずに帰るスモーカーさん達やバンド関係の知り合いの方達と話していて、ユースタスさんが言う「おモテ」というのはそのスモーカーさんの職場の女性陣達に囲まれていた状況のことだ。
 今日のスモーカーさんはいつものメンバー、たしぎさん達とではなかったので、私は軽く挨拶をしただけで会話はしていない。折角なので私のサプライズ演奏の感想を聞いてみたかった気もするけれど、また顔を合わせた時にでも聞けたらいいなと思っている。
 でもって、大人な女性達を見てちょっぴりへこんでる自分がいる。いや、自分だって大人なんだけど、子供のまま大人になっちゃった大人というか色気とかセクシーさが皆無だ。何度も言うけどナミのような方向性に向かうのは私には合わないのだと自覚してはいるので、最近は申し訳程度にメイクを今までよりきっちりするようにしたり、ヘアケアもちょっとだけ奮発したオイルを使ったりとさりげなく女子力アップを試みているところだ。ほぼ昼夜逆転してるから眠くてダメな日もあるし、果たして効果が出ているのかは今のところわからないけど。
 隣にいるローさん。やっぱりかっこよすぎると再認識してしまうとうまく話せる自信がなくなるというか、もっと、もっと隣にいても胸を張っていられるように自分に自信をつけなければと焦る気持ちが湧いてくる。

「あぁ……私も大人の女性にモテたいなぁ」
「お前が言うと冗談に聞こえないな」
「本気ですもん」

 そう、ロビンさんもよく私のことを褒めてくれるけれど、やっぱりお姉さん達に褒められるって最高だ。こんなことをペラっと話してしまうくらいにはほどよく酔ってる自覚はある。こうして一度会話を始めてしまえば案外大丈夫かもしれない、なんて思っているとユースタスさんがコンっとビールを勢いよく置いてテーブルに身を乗り出しながら「そういやさ」と私の方を見た。

「今日はいなかったけどよ、あのコビーに告られたらしいじゃんか」
「えっ、あ……あれはその、連絡先を聞かれただけで告白ではないのでは」
「もう十分モテてるぞ」
「え、誰がですか?」
「ユメ」

 そんなまさか。モテているのが私なのだとユースタスさんが言った瞬間、私は確認のために最近の私をとてもよく知っているであろうローさんをちらりと見た。するとローさんも何やら思うことがあったのか私の方を向いたのでパチっと視線が合った。そして言葉にせずとも伝わったのは「そんなことあるか?」ということである。お互いに一度首をひねった後、私とローさんの視線はもう一度発言の主であるユースタスさんへと向けられた。

「寝言は寝て言え」
「大丈夫ですか? 飲みすぎてます?」
「お前らなァ……そんなんで大丈夫か?」

 ユースタスさんはどでかいため息をつくとサンジさんの肩に腕を回して何やらごにょごにょと耳打ちをしている。そしてすぐに「だよなァ!!」と笑い合いながら二人で声を上げた。何に意気投合したのかはわからないけれど楽しく話が弾み始めたようなので、もうこの話を蒸し返すのはやめようと思った。そう思ってローさんの方へと視線を向けると、テーブルの向こうの2人に向けて呆れたような小さな吐息を吐き出したローさんがこちらを向いた。

「それにしても、お前いつの間にユースタス屋と話つけたんだ」
「話……あ、今日のサプライズですか?」
「あァ」
「この前スパエクのライブに行った時です。その日はローさん出勤だったので特に声をかけなかったんですけど」

 ローさんの問いかけに答えると、なぜかローさんも先ほどのユースタスさんに負けず劣らずの特大ため息を吐き出した。今の回答に何かマズいことあったかなぁと思っていると「ま、お前のギターをユースタス屋が使うってウソは無理があったがな」とちょっとだけ意地悪そうな表情をしたあと、ふんっと鼻で笑った。あ、その笑い方はたぶん大丈夫だ……いつものローさんだ。ちょっとホッとしたし、そのウソについては私も厳しいと思いました。

「ローさんに隠すのはなかなか骨が折れましたよ。あの日も仕事の後、たった1回のスタジオ練習の日だったんですもん」

 そう、ライブ当日は用事があるのだと告げた後に晩ご飯に誘われたのが最初で最後のスタジオ練習の日で、ダブルでウソをつくという極悪コンボを決めたあの日。本当にあの時は泣きそうだったなぁと懐かしんでいると、ローさんもそれがいつのことかわかったようで「……あァ、飯断られた日のことか」と返ってきた。
 すると突然どこからともなく「何ィ!! 何だってェ!」と少しだけ呂律が回っていない雰囲気の酔っ払いな声がした。シャチさんだった。近くの席で話を聞いていたのかはわからないけれど、そのままイスを引きずって私とローさんの後ろまでやってきた。

「もしかしてさァ、ユメちゃんのことォ、口説いちゃってんの〜!?」
「えっ」

 こんなに人がいるところでそれは爆弾発言だと思うんですけど、どうですかシャチさん。やっぱり呂律は回ってなくて完全に酔っ払いモードみたいだ。いつもより飲んでいるんだろう。しかもそのシャチさんの声で、話が盛り上がっていたユースタスさんやサンジさんまで会話を止めてこっちを向いちゃったじゃないですか。うわぁ、これは違うと伝えないと大変なことになりそうだ。

「いやいや! あれです、そういうんじゃなくて仕事の後のお疲れ様ご飯会的な、よく行くんですよ」
「へェ〜〜〜、口説いてらいにしたって、ローが仕事後にィ、わざわざ女性を飯にィ?」
「何だと!! お前、我らがユメちゃんを気軽に仕事後の飯に誘うとは何事だ!! しかもよく行くだって!?」

 えー……仕事の後のご飯ですらこの騒ぎっていうのはどういうことなんでしょうか。困ったな。ローさんの方を見ると、ローさんも手で顔を覆いながらうなだれていた。

「お前ら酔っ払いすぎだ、水でも飲んで酔い覚ましてこい」
「いや、やっぱりこれは一大事だ。ちょっとユメちゃん」

 サンジさんがユースタスさんに目配せをしたような動きをしてから立ち上がったかと思うと、素早くテーブルの向こう側から回ってきておもむろに私の手を取る。私は突然の出来事にピッと固まってしまった。そして「ちょっとお兄さんとカウンターでお話しませんか?」ととびきりのウインクが飛んで来たら断るわけにはいかない。しかも「もちろん、キッチン借りて即席で美味しいものも用意しちゃうよ」と言われてしまったので私はゆっくりと立ち上がった。
 すぐに「おい」とローさんの声がしたけれど、同じくこちら側へと来ていたユースタスさんがローさんを無理やり立たせ「お前はこっちだ」と腕を引っ張る。
 ローさん、ごめんなさい。私は今、サンジさんが用意してくれるという美味しいものが、食べたいです――



 サンジさんに案内されて空いていた端の方の席で待つこと数分。ここのライブハウスのキッチンのスタッフさんとも仲が良いらしく、まるでバラティエにいるかのようにさくさくと手際よく作業していた。そしてすぐに目の前にアボカドの和え物とごぼうとハムのサラダが用意された。これまたビールにも合いそうだし、打ち上げって揚げ物ついつい食べちゃうから色々心配、って思う乙女心に配慮されているのが感じられる。ごぼうサラダはすでにあったものにハムなどを足しただけだと言うけれどさすがサンジさん。仕事が早くて私は感動している。

「こんなの美味しいに決まってます〜! いいんですか、いただいてしまって」
「もちろんだよ!」
「で、では! いただきます!」

 さっそくごぼうサラダから口へ運ぶ。あ〜〜〜、酔ってるし何でも美味しく感じてしまうと言えばそれまでだけど、ハムの塩加減が程よくマッチしていてめちゃくちゃ美味しいやつですこれ。最高。「んんまいです」と大きくうなずくとサンジさんは「そりゃよかった」とタバコをくわえながら柔らかく微笑んだ。
 そういえばと、私は過去の経験から『私がサンジさんにもてなしてもらっている状況への鋭い視線』がないかどうかフロアを見渡す。ひとまず大丈夫そうでホッと胸をなでおろす。
ここでふと以前ローさんから聞いた話を思い出した。Heartのファンはライブハウス関係者だったり、バンドマンが大半を占めていて、声をかけるまでもなく打ち上げに参加していることがほとんどなのでわざわざ誘うことは少ないのだと。
 ファンっていう定義は難しいと思う。例えばビジュアルやパフォーマンス重視だって来てくれたら嬉しいと思うんだけど、でもやっぱり褒めてもらうなら真剣に音楽をやっている以上は音楽そのものを……そんなことを考えていると片付けもそこそこにサンジさんもキッチンから出てきて私の隣に腰を下ろした。

「さてと、ユメちゃん。同じ職場で働いてるわけだし、こうしてライブにも足を運んでくれてるんだ。ローが一筋縄ではいかない音楽バカでおれ様野郎だってのは知ってるよね」

 ほどよく酔いの回った私の頭では、サンジさんの確認の意図をすぐに理解することはできない。だけど音楽バカもおれ様野郎というのも、表現の違いはあると思うけどサンジさんの言いたいことは、なんとなく感じ取れた。

「そうですね……確かに取っつきにくかったですし、しばらくは一緒のシフトの日が悩ましいくらいでしたけど」

 ローさんが音楽好きで趣味が合うんだと知って話すようになって、ライブに誘われてからの日々が次々に浮かんでくる。真っ直ぐに自分の音楽と向き合ってる姿。良く言えば自分のペースは崩さない、悪く言えばこっちの都合もお構いなしに振り回してくるところ。
 あぁ、でもおれ様野郎っぽい部分は私からするとそんな多くないかも。それよりも常に複数の彼女がいそうなのに実はそんなことなかったり、でもちょっと天然というか、たらしっぽいことを本人も無自覚で言ってそうだったり。こどもっぽくふてくされたり。そういった意外性のほうが浮かんでくる。

「ローさんと出会って、ライブに誘ってもらって、毎日が楽しくなって、自分でバンドすることにもなって……びっくりしてるし、感謝もしてるんです。こうしてサンジさんにも出会えましたしね」
「ユメちゃん、君って子は……!!」

 涙ぐむサンジさんだったけれどすぐに「って、おれの話はいいんだ! ユメちゃん、単刀直入に聞くけどユメちゃんはローのことどう思ってるんだい?」とカウンターに肘をつき、身を寄せてきた。

「わっ、へっ?」

 その勢いに驚いた。ど真ん中ストレートで飛んできた質問に声が裏返る。なるほど最初の確認はここにつながってるのか。うん、最近そういう好きだと自覚したところなんですけど、そう切り込まれると何と言っていいのやら……しかもサンジさんはローさんのバンドメンバーですしペンギンさんやシャチさんも含め長いお付き合いだと聞いていますし、私が今そういった気持ちを持ってサプライズに参加したり、ライブに来ているのだと知られてしまったら。あぁ、とても混乱してきました。

「サ、サンジさん。あのですね、ローさんには職場でも大変お世話になっていますし、あの……ライブに誘ってくれて、こうして素敵なバンドに、音楽に出会えてですね、その……」
「わかった、よくわかったよ。大丈夫。なるほどね」

 手にしていたビールをカウンターに置いたサンジさん。何がなるほどなんでしょうか。え、やっぱり私のこの気持ちってバレてしまうものなんですか? わかってて聞いてるんですか? あまりの恥ずかしさに顔を手で覆うと、心なしか熱を持っている気がした。もしかしたら顔真っ赤なんじゃ……そう思っているとサンジさんが「ユメちゃん、今日のユメちゃんは本っ当にカッコよかったよ」と、あらためて今日のサプライズ演奏のことに触れた。話の流れがよくわからない。そうか、サンジさんも酔ってるのかもしれないな。私は指の隙間からサンジさんをそっと見つつ「そ、そうでしょうか」と答えると「あァ、惚れちまうくらいにな」とタバコの煙をふうっと吐き出した。ローさんもそうだけど、どうしてこうもまぁタバコ吸ってるだけで色気が出るんですか。意味がわかりません。

「サンジさん! それは褒めすぎです!」
「さすがのローもメロメロだったもんなァ」
「あああ! サンジさんこのサラダおかわりありますか!!」

 とっさに話をそらしてしまった。あからさますぎたかもしれない。サンジさんは「あ、あるよ、ちょっと待ってね!」と私の突然のおかわりの要求に少しびっくりしたように見えたけれど素早く席を立った。そんなサンジさんの背中を見ながら考える。私のローさんへの気持ちがだだ漏れなのはあまりよくはない。私からの矢印がローさんに向かっているのが見えてしまっていることは百歩譲っていいとして、周りから見たローさんって、ローさんももしかして……いや、サンジさんがからかってるだけかもしれない。そんな思考がぐるぐるしている間にサンジさんはサラダを手に戻ってきた。

「お待たせしました。ついでにこれも」
「すみません……ありがとうございます。美味しくってつい」
「いいんだよ、喜んで食べてもらえてなによりさ」

 ありがとうございます。こんなに美味しいおつまみとわざわざおかわりのビールまで。最高なんですけど、こうして私を呼び出してまでこの話題を出したということは、たぶんまだ続くと予想される。私は残っていた少しぬるくなったビールを一気に飲み干して、冷えたビールに手を付ける。

「最近さ、ローのやつずいぶん気合い入ってんだよ。デモも何曲も作ってきて」
「気合い、ですか」
「それって何となくユメちゃんの影響かな、って思うんだよね」
「わ、私の影響だなんてそんなこと……」

 そうだ。ローさんが最近気合い入ってるんだとしても、私が影響してるなんてことあるわけ、いや、あったりするのかな。だとしたらこんなに嬉しいことはない。
 星空を見ると落ち着くんだと言っていたローさん。そんな秘密の場所に連れてってくれて、何なら星じゃなくて私を見ていたローさんだったらそんなことがあるのかも、そう思ったところであの日のあの瞬間の何とも言えない、アイスがのったパンケーキに生クリームもはちみつもなんならチョコもかけてしまったかのような甘ったるい瞬間を鮮明に思い出してしまった私。気持ちを静めるかのようにビールをあおる。何杯目かわからないアルコールがずんと体内に重く落ちていった。

「あぁぁぁぁ」
「ユメちゃん?」
「いや、ちょっと……その、あはは」
「え、もしかしてすでにローと何かあった!?」
「なっ、何かって、何もないですよ〜〜〜」

 何かあったかという聞き方はズルいよなぁと思いつつ、声が裏返ってしまってまったくごまかせていないことを悟る。これ以上は墓穴を掘る未来しか見えない。どうしたものか。そう思っていると予想外のコメントがサンジさんから発せられた。

「いや、あったらあったでキレるが、何もなくてもおれはキレる!」
「えっ、どっちにしても!? 何もなくてもキレるってどういうことですか!」
「だってさ……だってなァ」

 ガクッとカウンターに肘をついて頭を抱えてしまったサンジさん。少しの間があってからパッと顔を上げたサンジさんは「ユメちゃん、ローとはそこそこ長い付き合いなんだ。それなりにあいつのことはわかってるつもりだ」と、まるで悩みを話してごらんとでも言いたそうに私を見てくる。真っ直ぐに。
 それならば、あのローさんの言動の真意に近づくためにも逆に普段のローさんについて聞いてみるのはありかもしれない。

「何も……なくはないんですけど、サンジさんが期待してるような何かではないと思いますよ」
「何だっていいよ、相談を受けるのは得意だからね」
「ローさんってちょっとロマンチストっぽいふし、あります? あれが素なんですか? たらしですか?」
「ん?」
「場所は約束なので言えませんが、夜空がキレイな人気の少ない穴場な公園を知ってたり、そこに連れてって誰にも教えるなよって言ったり」
「ぬあああんだってえェェェ!! ユメちゃんを深夜にそんな場所に連れ込むなんぞおおお!!」

 あぁ、宣言通りキレている。相談を受けるのは得意だと言った時のキメ顔とのギャップで正直ちょっと面白い。でもこれだけでは、公園に行っただけでは何かがあったとは言えないと思うけど、サンジさんの中ではもう何かあったことになったみたいだ。「あの、ただの食後の散歩だったんですけど」とフォローを入れたものの、クワっと目を見開いたサンジさんが私の両肩を掴んだ。そして勢いよくゆさゆさと前後に揺らしてきた。これはさすがに、お酒の入っている体には厳しいものがある。

「さ、サンジさん! 酔いが! 酔いが回ります〜」
「仕事後の飯ならギリ職場の人間と行くだろうけど……その後の散歩って……ただの散歩なわけがあるか!! あのローが、女なんか面倒だって寄って来るレディをことごとく突き放してきたあのローが」

 そんなことを聞いてしまったら期待してしまう。やっぱりローさんも、私のこと、好意を持って接してくれてるんだって。あの時のあの視線も、勘違いじゃないのかもしれないって。
 サンジさんも何か思うことがあったんだろう、揺らすのをやめてあらためて私の方へと体を向けた。そして「ユメちゃんは、ローでいいの?」と、色々とすっ飛ばした質問が脳に響き渡った。その問いかけへの答えは、自分でも驚くほどスムーズに、すらすらと言葉になった。

「……はい。私はあんな不器用で、でも優しくて、たまに子供っぽくなったり、音楽に向かう姿がすごく真っ直ぐなところが……そんなローさんだから、好きなんだと思います」

 時が止まったかのような間。その瞬間だけライブハウス内の無数の声がやけに遠くに聞こえた。言ってしまった……サンジさんに言わされたような形だけど、急にとんでもない恥ずかしさが込み上げてきた。何か、しゃべらなきゃ。そう思ったところで目をまん丸くしていたサンジさんがようやく呼吸をしたかと思うと口元を硬く締めて、みるみるうちに目を真っ赤にさせた。私だって今泣きそうなのに、サンジさんが涙ぐむ要素は一体どこにあったのだろうか。そしてサンジさんは「ユメちゃァん!」と私の名前を呼びながら手をがっしりと掴んできた。

「はっ、はい!」
「いや……そうだよな、あんな奴にこそユメちゃんのような存在が必要だ!」
「あのっ、その……さすがにそれはちょっと大げさな気が」
「そう言ってもらえるとおれも嬉しいんだ。ちょっと、いや、かなりムカつくけどな! あいつにはユメちゃんはもったいないだろ!! いや、だからこそ……あ〜〜〜!!」
「あの、落ち着いてください! って私のせいですよね……なんだかすみません」
「何言ってるんだ! ユメちゃんが謝ることなんてひとつもねェ!! 今日の演奏も本当に最高だったからな、自信持ってくれ! クソッ、お似合いじゃねェかよぉ〜〜〜!! うらやましくなんかねェぞ! 酒だ! 今日はまだまだ飲むぞ!!」

  目の前でお手本のような百面相が繰り広げられる。思わずこらえきれなくなって吹き出して笑ってしまったけれど、サンジさんはそんな私ににっこりと微笑みかけてくれる。最初からローさん目当てだったと思われるのではという憂いは、嬉しいのだと、自信を持ってと言ってもらえたことで消え去った。
 うん、私は全力でローさんのことを好きでいたい。好きでいよう。もしこの好きの気持ちが届かなかったとしても絶対に同じ景色を見ることは諦めないし、その時に胸を張っていられるような、誇れる自分でありたい。そう思いながら遠くでユースタスさんと楽しそうに飲んでいるローさんをちらりと盗み見た。
 それにしても、ローさんの気持ちも確定しているかのような雰囲気なのは考えすぎなのかな……ひとまず今は気にしないことにして、私もサンジさんと一緒にお酒のおかわりを、決意の一杯をお願いすることにした。

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