海色の宝石を閉じ込める


シャイニング事務所寮である洋館の、控えめでも上品な装飾の扉の前にわたしは立っている。


「ここ、で、間違いない」


博士に渡されたメモと照らし合わせても、この先に藍ちゃんと愛音さんが居る筈だ。わたしは今まで藍ちゃんとも愛音さんともラボでしかお会いした事がない。愛音さんなんてお話した事すら無い。なんだか不思議な気分だ。

わたしはそっとインターホンを鳴らした。暫くすると扉が開き、中からオーシャンブルーがお目見えした。藍ちゃんだ!



「いらっしゃい」

「わー!藍ちゃーーん!!久しぶ…」

「っ…ふふ」

「…………ん?」



わたしはかなり高揚していた。数週間振りに藍ちゃんに会える!とほんとうに楽しみにしていたのだ。

だから、扉から出てきたのが藍ちゃんであると盲信していたし、部屋の主は美風藍なのだから勿論インターホンに対応するのは藍ちゃんなんだと思っていた。藍ちゃんが出てきて、抱きつこうとして、軽くあしらわれる…そんな展開を当たり前のように信じていた。それなのに、わたしが抱きついた藍ちゃん(仮)から鼓動が聴こえるのだ。
愛音さんは藍ちゃんがロボだと知っているだろう。藍ちゃんは虚構の鼓動を刻むシステムを切っている筈だった。



「…あ、あの…」

「どんな子かと思ったら、随分元気だね」

「す、すみません申し訳ありません、わたしの早とちりですお願いします離して下さいませんか」

「君から抱きついてきたんでしょ?」

「そっ…その節はほんとうに…」

「…君たち、玄関先で何してるの」



鶴の一声!
わたしは心から藍ちゃんに感謝した。
藍ちゃんと愛音さんを間違えたと理解してすかさず腕を解いて距離を置こうとしたわたしを、愛音さんはあろうことか抱きしめ返してきたのだ。
わたしは自分の早とちりの恥をありありと心に刻まされた。



「え?抱きしめられたから抱きしめ返しただけだよ」

「…どうせボクと間違えたんでしょう?アイネってほんっとうに性格悪い」

「ひどいなー」



くすくすと微笑みながら、愛音さんはゆっくりと腕を解いてくれた。わたしは未だに高鳴る胸と紅潮した頬が早く治まる事だけを願っていた。



「はあ…いらっしゃい、ナマエ。話は博士から聞いてるよ」

「うん…あの、先程は大変失礼しました…わたしは苗字名前です、宜しくお願いします」

「うん宜しく、僕は…知ってると思うけど如月愛音」

「はい、存じております」

「ああ、いいよ、敬語とか必要無いから。こっちはあの目覚めなかった間も、偶に君の事見えてたし少しお喋りもしたんだから…敬語使われると何か変な感じする」

「…え」

「…アイネ、目覚めが近くなるに連れて偶にボク乗っ取ったりしてたんだよ…あれはいい迷惑だった」



わたしの藍ちゃんへの対応が、偶に見られた上お喋りした…だと…わたしは冷や汗が吹き出る思いで崩れるように小さなソファに腰掛けた。藍ちゃんは既に何もなかったようにPCに向き合い、愛音さんはわたしの前にある三人掛けのソファに座って先程まで読んでいたであろう雑誌を広げた。



「いいリハビリだったよ、ありがとう藍」

「勝手に接続が切れて制御不能になるこっちの身にもなって欲しいね」

「はあ、そうだったんですか…思い出せる限りでも恥ずかしい記憶しか無いのですが…」

「敬語はいいって言ってるのに」

「で、でもわたしにとっては初めてお話した年上の方ですし…」

「これから毎日会うんだし、ね?」

「ぜ、善処します…」



思っていたよりも気さくな人物だった。藍ちゃんを知っているからこそ、余計そう思うのかもしれない。

感受性が強くて、少し考えすぎ…"だった"わたしは来る前に博士から聞いていた愛音さんの過去が少し過去形を強めに帯びている事を感じていたから、もしかしたら事件や昏睡に近いあの状態から、愛音さんの中で何かが変わったのかもしれない。



「これから名前は、僕のお世話してくれるんだよね?」

「はい、博士の依頼で」

「じゃあ、何か作ってくれない?お腹空いちゃった」

「あ、はい!」

「…ちょっとアイネ、こんな変な時間に食べるの?」

「いいでしょー別にもうアイドルじゃないんだし、僕の好きにして」

「……」

「…もう、アイドルには戻らないんですか?」

「ん?うん、もう疲れちゃった」

「…でも博士は、愛音さんは歌が大好きだったって…」

「別に、歌うなんてどこでも誰でも出来るでしょ。僕は……、なんでもない」



彼は言葉を濁し、うな垂れる花のように儚く微笑んだ。この表情は、藍ちゃんでは出来ないものだ…まだ。大人のする表情だった。
彼はもともと、自然と人に愛される人間だったそうだ。でもそれも、彼が人の気持ちを汲み取る事ができ、その上で色んな事を考えて行動していたからなのだろう。
わたしは後悔した。こんな顔をさせてしまった事。どうすればこの人を笑顔に出来るのか、わたしは数字と化学式で麻痺した脳を懸命に働かせて一つの子供染みた方法を思いついた。



「…わたし、ちょっとお買い物してきますね」

「わかった。合鍵は玄関にあるから、持っていって」



わたしは同じ顔と声を持つ二人が住んでいる部屋の扉に、まるで宝箱を閉じるようにそっと鍵を閉めて街へ向かった。







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