僕が沈む前吐いた息





「実は、愛音が目覚めた」



わたしは言葉を失う。その先の未来の選択が多岐に枝分かれ、わたしは沢山の可能性を見て息を飲んだ。彼はどうなるのだ。彼を一番に考えてあげられるのは、わたししかいないのだ。

早乙女、という名の下秘密裏に研究を進める数少ない人間のうちの一人であるわたしはつい先日まで郊外の研究所の一室に引き篭って博士に課せられた研究題材を消化していた。
薬品と電子音に塗れた一室で黙々と実験を論文に纏める日々。そろそろ顕微鏡を覗く事にうんざりする頃、やっと一息ついて二週間振りになる首都へ降り立ったのだ。つい先日まで引きこもっていた研究室や自然とはまるっきり異なるごちゃごちゃと騒々しい景観に懐かしさを感じながら見慣れた扉を通ったのがついさっき。
その先でモニターに向き合っていた博士と軽く世間話と研究についてお話した後、彼はいつもの調子で冒頭の言葉を吐いたのだった。



「…よ、良かったですね、博士の研究は…!」

「成功だよ」

「おめでとう、ございます」



研究者にとって描いた結果が実現する事はこの上ない幸せなのだ。それに博士の研究目的である愛しの甥が目覚め、また人生をスタートさせることができたなんて…これは紛れもなく喜ぶべき事であって、今のわたしのように複雑な思いをするものでは無い。

わたしの脳裏には、彼と瓜二つの無機質だけが浮かんでいた。



「…藍ちゃんは…どうなるんですか?」

「愛音の目覚めは世間には公開しない事になったんだ。だから藍のプロジェクトはこのまま続行」

「はああ…良かった…」



もしかして、鉄くずに、まで飛躍していた意識が戻って冷や汗が治まる。筋肉の強張りが解ける。
博士は藍ちゃんの親だ、藍ちゃんが愛しいに決まっているだろう。しかしそれは全て愛音への愛情に気化しているのだ。愛音の為だと言って創造された瓜二つの藍ちゃんを見たとき、その存在の虚しさに胸が悲鳴を上げた事を今でも覚えている。まるで布が引き千切られるように。
その時からわたしは愛音のためではなく 藍ちゃんの為だけ に研究に携わろうと決めた。




「俺も親として責任を果たすよ。…それで愛音は今藍のところに居る」

「え、そうなんですか」

「そうそう。俺は従来の研究で忙しいし、でも愛音から目は離したくない。藍が適任だと思ったんだ」

「確かに」

「…でも、先日のメンテナンスで藍がボヤいてたんだよ…ボクも忙しいんだからって」

「ふむ…」

「確かに藍は売れてるから忙しい。昼間は仕事で居ないし、家事にまで容量が割けられない。それじゃ愛音が心配だ。そこでだ…」

「良いですよ!」

「…まだ何も言ってないんだけどね」

「藍ちゃんと愛音さんのお世話しますね!!!」

「…うん、頼んだよ」



もともと博士から命ぜられる研究はミクロなものが多く、藍ちゃんの形だけの消化器の改良だとか感覚信号の簡易化や微細化だとかで凄く細かい作業や実際採用はされないテスターだけという物もある。その中で採用された結果やサンプルだけ藍ちゃん本人にお目通りして実用化を検討する機会を与えられるのだ。
しかし、わたしはもっと藍ちゃんの側で実物に関わりながら研究をしたいとかねてから願っていた。このプロジェクトは極秘研究で人手が極端に少ないのだから仕方が無いのだけれど。わたしも専門というよりマルチで研究や実験をさせられていたのだ。


それが、こんな形で願いが叶うだなんて!
ともあれこういう過程で、わたしは愛音さんと藍ちゃんのお世話係に任命されたのでした。








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