空模様が少し変わり、季節は夏が終わろうとしていた。今年も弓道部はインターハイで団体戦、個人戦、共に二年連続優勝を果たし、そして月子や宮地達三年生は引退を明日に控えていた。
部活も終わり、皆が帰って行く中で月子は一人道場で弓を引いていた。神経を研ぎ澄ませ、矢を放つ。月子が放った矢は吸い込まれるようにして、的の真ん中に命中させた。
「ふぅ……」
「さすが、夜久先輩ですね」
「あっ、梓君。まだ帰ってなかったんだ」
「可愛い彼女を置いてなんか帰れませんから」
「あ、ありがとう。あと一弓だけ引いてもいいかな?」
「どうぞ」
月子は真っ直ぐと矢を的に定める。道場はピンと張り詰めた空気が流れ、息をすることも躊躇われた。流れるような動きで弓を引き放った矢は、また的のど真ん中に刺さった。
「やっぱり夜久先輩は凄いですね。射形は何度見ても惚れ惚れします」
「梓君にそう言ってもらえると嬉しいな。じゃあ、今から片付けるから待っててね」
「僕も手伝いますよ」
「ありがとう」
手早く二人で片付けを済ませて、月子は女子更衣室へと急いで着替えに行き、梓は入口へ出たところで待つ。
「梓君、ごめんね!お待たせ」
「夜久先輩を待つのは苦じゃないですから。さ、帰りましょう」
日の沈む時間も早くなり、空は赤く染まっている。明日で部活も引退と思うと寂しくなる月子。
「夜久先輩も宮地先輩達も、明日で部活引退なんですね」
「そうだね。部活がなくなるって、やっぱり寂しいなぁ」
「僕も部活に夜久先輩の姿がないなんて寂しいです。こうして帰ることも出来なくなりますし」
「ほんとだ…」
「もしかして忘れてたんですか?」
月子にとって、こうして梓と帰ることは当たり前になっていた。改めて現実を叩き付けられた月子。
「せーんぱい。そんな顔しないで下さい。僕は夜久先輩が心配で、集中して矢を討てなくなります」
「うん…ごめんね」
「ほら、夜久先輩。手を繋ぎましょう」
俯く月子の手を繋ぎ、梓に引かれて歩く。これでは、どちらが先輩なのかわからない。
「先輩、」
「ん?」
「先輩は僕のこと好きですよね?」
「う、うん」
「僕も夜久先輩のこと大好きです。だから問題はないですよ」
いつものように自信たっぷりと断言する梓。月子は何が問題ないのかわからないが、梓に言われると本当にそうなんだという気がしてきた。少しずつ不安が薄れていく。この梓の自信が、いつも月子の不安をなくしてくれる。
「梓君、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ先輩、少し寄り道して帰りましょうか」
「うん!」
Let's walk hand in hand.
(君と手をつないで歩こう)
◎前サイトから。
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