「ねー、錫也」

「ん?どうかした?」

「桜、綺麗だよ」


隣を歩く月子が俺の服の裾を引っ張る。月子の視線を追うと満開の桜。思えばもうそんな季節になったんだな。
時が過ぎるのは早いことで、俺達二人はこの春に大学生となった。俺と月子は同じ大学に通っている。哉太は写真家を目指して海外へと飛び立っていった。


「私達も大学生か…。卒業してあまり経ってないのに星月学園が懐かしいなぁ」


目を細めて懐かしむ月子。寂しいかと聞くと、ううんと予想外の返事が返ってきた。


「どうして?」

「今までみたいに哉太もいないし、寂しくないって言ったら嘘だけど…。私の隣には錫也がいてくれるから寂しくないの」


えへへ、と頬を少し染めて照れたように笑う。ほんと、月子は俺をどれだけ喜ばせたいのだろうか。自分よりずっと細い手首を引っ張り抱きしめる。なんて俺は幸せ者なんだ。


「俺は月子がいてくれたら何もいらないなぁ」

「えー、錫也は欲がないよ」


クスクスと俺の腕の中で笑う。月子、違うよ。本当はすごく欲張りなんだ。俺は月子のことになるとどうしようもないぐらいに貪欲になるんだよ。多分おまえがびっくりするぐらい。


「俺は月子の方が欲がないと思うけどな。もっと俺に甘えていいし、我が儘言ってもいいぐらいだ」

「そうかな?私、錫也には甘えてるよ?」

「あっ、ご飯だけだろ?」


からかうつもりで言ってみたら、バカと言って俺を叩く。俺達、道で何やってんだろうなぁとか思うけど、今更気にしない。
抱きしめていた腕を緩めて月子の顔を覗くと、口先を尖らして拗ねていた。コロコロ変わるこの表情が心の底から愛しい。


「ほら、拗ねるんじゃありません。せっかくの可愛い顔が台なしだぞー」

「可愛くないし、いいのっ!」

「月子は可愛いよ。まあ、拗ねてる月子も可愛いけどな」


そう言ったら、真っ赤になった顔を隠すように歩いて行ってしまう。からかい過ぎたかなぁ。そろそろご機嫌取りしないとな。と、歩きだしたら、月子がピタッと立ち止まって俺の方に向き直る。


「月子?」

「錫也、…手繋ぎたい」


耳まで真っ赤にして手を出す月子に、口元が緩むのを抑えることが出来なかった。小さな手を握ってやると、嬉しそうに笑う。こんな些細なことでも幸せだと感じる。
月子が隣にいることを確かめるように繋いだ手を強く握りしめた。









◎前サイトから。

title:HENCE




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