*♀注意
ふたりだけでいきていくってきめていたんだ。
走って走って、とにかく走って、たどりついた公園。
そこは昼間は子どもたちがあそんでいて、にぎわっている。
けれど、夜になると虫の声がきこえるくらい静かで。
その横に、ちいさな森があることに気付いたおれたちは、ここをおうちにすることを決めた。
公園ということもあり、水飲み場もあって、おうちでずっと使っていたコップに水をいれて飲んだ。
おなかがすいたら、かばんにつめ込んだパンや野菜を食べた。
足りなくなってきたら、ほかのばしょからとってきた。
さいわいこのあたりには畑がたくさんあって、よく野菜が捨てられていたから、こっそりそれをもらってきたり、木になっている実をたくさんとってきた。
いちど、畑にすててあった野菜をもっていっておこられかけたけど、おばあちゃんはとてもやさしい人で、ないしょだよ、とたくさんの野菜をおかしを分けてくれた。
スーパーや商店街もちかくにあったから、そこでいらないものもたくさんもらってきた。
みんな親は、ってきいてくるけど、ぜんぶむしして、ただもらえるものはもらっていた。
そうやって、ふたりでたべてきた。
けれど、それもながくは続かないもので。
冬になると、木になっていたたくさんの実はなくなり、すてられていた野菜もほとんどなくなって。
食べるものが少なくなってきて、なんとかしないと、と草を食べることだってあった。
それでも、それだけじゃ足りなくて。
それから、とてもさむくて。
ふたりでくっついていても、もうふはあたたまらなくて。
おとーさんとおかーさんがいた時は、ちゃんとしたおうちで、ベッドがあって、さむくて眠れないときは、おとーさんとおかーさんのベッドにはいって。
それで、おやすみって、ほっぺにキスをしてもらって。
そうやって、ずっとねむっていた。
今それを思い出しても、どうにもならないって知っているのに。
思い出したら、泣けてきて。
さむくて、おなかがすいて、うごけなくて。
ふたりみつめあって、手をにぎって、ねむろうとしたときだった。
「誰かいるのかー?」
大きなちゃいろの頭の人が、じっと、こちらをみつめていた。
***
出勤したら、たまには家族孝行でもしろと社長に言われ、休日になった。
すぐ帰るのもなんだしと、お気に入りの和菓子屋さんに寄り、どら焼きの詰め合わせを買った。
それから、家で待つ愛しい人のために、甘さひかえめの最中のセットも。
にこやかに笑う店番のおばあちゃんにお礼を言いつつ、新しくできた公園を通って帰ろうと思っていた。
ふらりと立ち寄った公園は、とても綺麗で、子どものころに遊んだものとは違う遊具が並んでいて。
もし自分に子どもがいたら、こういった場所で遊ばせてやりたいな、と思った。
それは叶わないことだと知っているから、あの人には言わないけれど。
この年にもなって、と思ったが、少し遊ぼうと思って、ブランコへ近寄る。
久しぶりに漕ごうと、ブランコの鎖に手を絡めたとき、がさりと音がした。
それはどうやら、隣にある森ともいえないような、小さな森からで。
その入り口は少し膨らんでおり、誰かがいるような形跡がある。
不思議に思い近寄ると、そこには二人の少年が毛布にくるまっていた。
「おーい、起きてるかー?」
声をかけると、ぱちりと目をひらき、こちらをじっと見てくる。
ところどころ似ている個所があるし、背丈が似たようなものなので、きっと双子なのだろう。
じっとこちらを見る二人に、もう一度声をかける。
「親御さんはどうしたんだ?家出か?」
問いかけても、返事はない。
ただじっと、こちらを見つめているだけだ。
そんなときに、ぐう、となった。
二人して顔を少し赤らめ、お腹を手で押さえるしぐさをする。
顔色が悪いことから、しばらく何も食べていないのだろうと推測する。
そんなとき、風にゆられて持っていた紙袋が揺れる。
それを見て、先ほど買ったどら焼きを思い出す。
最中はあいつにあげる分だからあげられないが、どら焼きならいいだろう。
俺は袋からどら焼きをふたつ取り出し、丁寧に封を切り、二人に差し出す。
「お腹がすいたんだな。これ食べていいぞ」
言っても、ただじっと見つめるだけで。
しかし、その目は俺ではなくどら焼きを見つめていることから、本当にお腹がすいているのだろう。
このまま食べなければ、飢えと寒さで死んでしまうだろう。
(…仕方ない)
もっていたどら焼きを、二人の口に押しつける。
押しつけられたふたりはきょとんと、口元にあるどら焼きを見つめていた。
「毒とか入っていないよ。食べないと死ぬぞ」
そう言えば観念したのだろう、二人は起き上がり、どら焼きを掴んで食べだした。
離すものか、というぐらいにどら焼きを掴んでいて。
相当食べていなかったのだろう。
食べている途中に言うことではないのかもしれないが、親や身寄りはないものかと心配になってきて。
もう一度、傷つけるかもしれないが訊いてみる。
「お父さんと、お母さんは?家はこの辺りなのか?」
できるだけ、優しい声で訊いてみる。
そうすると、黒髪の少年がぽつりと呟いた。
「…おとうさんも、おかあさんもいない。おうちもない」
どら焼きの包み紙を握りしめる姿が、とても痛々しくて。
しばらく考えていたが、もう、こうするしかないと思って。
「なあ、うちの子にならないか?ここは寒いだろ?」
そう言えば、きょとんとした顔になる二人。
その顔がとてもそっくりで、思わず笑ってしまった。
きょとんとした顔で、二人して顔を見合わせて。
手をぎゅ、と握る姿が、年相応のそれにみえた。
どうしても放っておけなくて、二人の頭をなでてやる。
そうして、手を握る。
「おいで、一緒に住もう」
奥に置いてあった鞄をとり、毛布を二人に着せてやる。
そうして、鞄を背負い、紙袋をもち、二人の手を握る。
抵抗されるかと思ったが、そんなことはなくて。それどころか、手を握り返してくれた。
きっと、心細かったのだろう。
ぎゅうぎゅうと握ってくる小さな手を離さないように、帰路についた。
公園をまっすぐ進み、横断歩道を渡って、しばらく歩いたところにある、小さな一軒家。
そこに、子どもがふたりも来るなんて、夢のようだった。
***
ちゃいろのおにいさんに連れてきてもらったおうちは、とてもきれいで。
どうしていいかわからず、たちどまっていると、入るようにうながされる。
はいって、とりあえずくつをぬいで、きちんとそろえる。
そうしたら、「いい子だな」って、頭をなでてもらった。
それがなんだかうれしくて、二人で顔を見合わせて笑った。
おにいさんについて歩くと、リビングに入ったみたいで。
そのリビングは、とても、とてもきれいだった。
きれいな机に、きらきらひかるテーブルクロス。
クッションはお花のもようのものと木のもようのもの。
それから、かわいいマット。
少し色のついた大きなソファの前には、大きなテレビがおいてあった。
ソファには、ソファの色とまったく逆の、くろい頭の人がいて。
その人は、じっとテレビをみているようだった。
「ただいま、真」
ちゃいろの人が、その人に話しかける。
そうすると、くろい人―――まことさん、はゆっくりとこっちを見る。
「おかえり、鉄平。…なんだそのちっこいの」
少しこわい目つきで、おれたちをみるまことさん。
ちゃいろのおにいさん―――てっぺいさんは、おれたちの頭を撫でて、
「ああ、さっき拾ってきた!」
といった。
そうすると、まことさんは目をみひらいて、
「拾ったぁ!?おっまえなに誘拐してんだよバァカ!」
と、手元にあったのであろうクッションをてっぺいさんになげつけた。
てっぺいさんはそれを受け取り、まことさんに話しかける。
「新しくできた公園あっただろ?あそこで眠っていたんだよ。訊いてみると親も身寄りもいないみたいでさ」
「……孤児院から脱走したとかだろ」
「そうかもしれないけど、そしたら普通探すだろ。探されてる形跡もないし…。だから、真がいいなら、この子たちを引き取ってやりたいんだ」
「……」
「この子らを、俺たちの子どもにしたいんだよ」
じい、とこちらをみてくるまことさん。
なんだかその目がこわくて、てっぺいさんの服のすそをにぎる。
そうしたら、まことさんがためいきをついて。
立ちあがったかと思ったら、上着をきて、おさいふをもってドアに歩き出した。
「っ、まこ、」
「とりあえずそいつら風呂いれとけ。どうせ着替えねーんだろ」
買ってくる、そう言ってまことさんは出ていってしまった。
おこらせてしまったのだろうか。
ふたりでかおを見合わせて、どうしよう、と思っていたら、てっぺいさんに頭をなでられて。
「お風呂はいろうか」
って、笑ってくれて。
「……ここにいてもいいの?」
声をそろえて言うと、笑って、
「いてもいいんだよ。真も、嫌ってるわけじゃないから」
と、手をにぎってくれた。
そのまま、ひっぱられておふろばにいく。
ひさしぶりのおふろに、少しどきどきした。
おふろはすでにわいていたみたいで、とてもあったかかった。
とてもおっきくて、てっぺいさんを見ると、「特注なんだ」って笑っていた。
かみのけとからだをあらってもらって、いっしょにおふろにつかる。
「ああそうだ、名前きいてなかったな。ふたりとも、名前は?」
おふろにつかっていると、てっぺいさんがそうきいてくる。
いっしゅんとまどって、どうしようってなったけど。
おしえないのも、おかしい気がして。
「…かずや」「こうじろう」
ちゃんとてっぺいさんの目を見て、言う。
そうしたらてっぺいさんは笑って、「いい名前だな」ってほめてくれた。
今度はてっぺいさんの名前をちゃんときこうと思って、きいてみる。
そうすると笑ってこたえてくれた。けれど、
「俺は木吉鉄平。このー木なんの木の木に」
「そのくだり聞き飽きた」
と、途中でさえぎられて。
びっくりしていると、ひとかげがあって。
「タオルと服おいとくぞ」
と言って、またいなくなってしまった。
「おー、ありがとな真!ひゃく数えてあがろうか」
てっぺいさんがそう言うから、ふたりでいっしょうけんめい、100までかぞえて、おふろをでた。
からだをふいてもらって、ぽかぽかのじょうたいで、新しい服にきがえて。
たったそれだけのことなのに、なみだがでてきて、おかしかった。
あがってリビングにいくと、ふわりとやさしいにおいがしてきた。
テーブルにはイスがふえていて、イスのうえにはかわいらしいはっぱのクッションがおいてあった。
「あがったか。さっさと飯食うぞ」
ぼうっとしていると、もちあげられて、イスに座らされた。
ランチョマットのうえには、あったかいシチューがおいてあった。
てっぺいさんもすわったようで、スプーンをもっている。
「いただきます」
「どうぞ」
そういって、スプーンを口にはこぶてっぺいさん。
おれたちはぽかんとしたまま、じっとそれを見ていた。
そうすると、まことさんがこちらをみて。
「シチュー、嫌いか?」
と、少し困ったような目できいてきたから。
ふたりで首をふって、いただきます、って手をあわせて、スプーンをもった。
ひさしぶりに食べたシチューはとてもあたたかくて、おいしくて。
すぐに食べ終わってしまって、それでもまだお腹はすいていて。
どうしよう、と思っていたら、「おかわりは?」ってきいてくれて。
何度も何度もうなづいて、たくさん食べた。
たくさん食べてもおこられなくて、なんだかなけてきた。
ごはんを食べ終えて、まことさんがしょっきを片づけようとしていたから、おれたちは自分のつかったしょっきをもっていった。
そっと手わたすと、まことさんは笑って、「ありがとう」と頭をなでてくれた。
あらいものをしているまことさんは、ほんとうにおかあさんのような気がして。
「おかあさん」とぽつりとつぶやいて、下を向いた。
そうしたら、まことさんが手をタオルでふいて、こっちにきてくれた。
「そうだよ。今日からおれが、お前たちのおかあさんだ。お前たちはおれの子ども」
ぎゅ、と抱きしめてくれて。
いいにおいがして、あたたかくて、なつかしくて。
ふたりして、まことさんに、おかあさんに抱きついてわんわん泣いた。
***
「…寝ちゃったな」
泣き疲れて眠ってしまった二人をみて、鉄平は笑う。
「…そうだな」
頭を撫でてやれば、笑うこの子たちが愛おしくて。
「明日にでも相談して、養子縁組しにいこう」
「……ああ」
「……まこ?」
手を伸ばして、頬を触られる。
その前に子どもたちをベッドに連れて行け、と手をはたき落とす。
厳しいな、と苦笑し、鉄平は子どもを抱きかかえて二階へ足を運ぶ。
その間、ソファにもたれてぼんやりと考える。
こども。
おれと、てっぺいの、こども。
血は繋がっていない。
どうあがいても、自分にもう子どもは産むことはできない。
今はもうない子宮を想い、下腹部を撫でる。
もし自分たちに子どもがいたら、なんてずっと考えていた。
それでも、養子に手を出すことはできなかった。
血が繋がっていないから、なんていうことを逃げにしていた。
けれど、実際どうだろう。
あの子たちは、会って間もないおれを母と言ってくれたではないか。
昔読んだ本の一文を、思い出す。
『血が繋がっていないと家族になれないというのなら 夫婦はいつまでたっても他人だ』
昔はそう思わなかった。
血の繋がりこそが、すべてだって。
けれど、やっと、あの子たちがきて、初めてそう思えた。
「まこー?」
鉄平が心配そうに覗きこんでくる。
大丈夫だと伝えて、そのまま抱きついた。
「どうした」
「……なんでもねえよ。なあ、明日日用品揃えにいこうぜ」
あたらしいかぞくをむかえるために。
そう言うと、鉄平は泣きそうに笑って。
そうしよう、そう言いながら、更に抱きしめてきた。
ふたりにおとうさんとおかあさんが、
二人に子どもが、できた日だった。
あたたかいばしょ。
(はじめまして、いとしい子たち)
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